月別アーカイブ: 2019年3月

灰色の老兵

妖精のようにお茶目だった高齢同級生のNさんも、あれから23年経った現在ご存命かどうか定かではありません。そしてNさんと木版画を学んだ懐かしい母校〈武蔵野美術学園〉は、昨年春に突如閉校したという。(詳しい経緯は不明)
5年間在籍した版画科を卒業する際、事務室から廃棄処分される事務机を譲り受け、今でも作業机として愛用しています。満身の力を込めて天地左右と圧をかける刷りの作業は、灰色く重たいスチールのボディを徐々に歪ませ、いつのまにか天板下の引出しは不動となり、開かずの引出しとなってしまいました。(金閣寺のポスターや洞窟の絵葉書、劣化した色鉛筆などツマラナイ品が出せない)

(取材陣に大人気のMy事務机は…)
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一昨日(3/6)発売。本と漫画愛好家向けの雑誌『ダヴィンチ』の推薦本コーナー《一目惚れ大賞》にて机の天板のみ登場!一目惚れ大賞に選ばれたのは、もちろん机ではなく作品集『予感の帝国』です。私が喋った記事も掲載(そのページは後日紹介)。
他にも現在発売中『版画芸術』と、3/10発売 世界のデザイン誌『アイデア』の新刊案内でも紹介されてま〜す。

Nさんと啓蟄

高尾山から吉祥寺の美術学校まで通学してた高齢同級生のNさんはとても無邪気な人でした。「人間ってね、車にはねられるとポーンって飛んじゃうのよ」と自分の起こした人身事故を楽しそうに話したり、泥だらけの柏餅や体毛の混じった大根漬けを「どうぞ召し上がれ」と平気な顔して勧めて来たりと、油断ならない天真爛漫さに不思議な魅力がありました。
自然が大好きなNさんは、山懐に構えた邸宅に住んでいて、岩石のゴロゴロした庭をハイヒールで歩いて怪我をし「ハイヒールが血溜まりになっちゃった」なんてエピソードも披露してました。そんな善悪を超越したアニミズム的な大らかさは、自然に囲まれた暮らしの中で育まれたものかもしれません。
木版画の塙先生がいらっしゃる授業の日、Nさんはクルクル巻いた大きな下絵を持ってきました。先生と生徒が見守る作業台に紙を広げると…。大きなカマドウマの死骸がポロリ!〈啓蟄〉と題されたその絵には、大小様々な地中の穴に潜んだカエルや虫などの生物たちが、冬眠から目覚める様子が描かれてました。巻紙に潜伏したカマドウマは越冬できず死んじゃったけど、Nさんの作品には春の歓喜に満ちていたと記憶しています。

(啓蟄の警察)
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マンションノルマ

一昨日夕刻の駅前で「待ってくださーい」と走り寄ってきたスーツ姿の青年は、冷たい小雨のそぼ降るなか傘もささず、手には傘ではなくマンション広告のボードを持ってた。そして私が歩を止めるや否や営業トークを開始するのであった。「研修中なので話を聞いてください」「お住まいはマンションですか?」「月々10万で購入可能です」「モデルルームを見学してください」……それに対し「借家住まいで、共同住宅は好きでなく、マンションを買う気はまったく無い」旨をハッキリ伝えたが、不動産業なのに借家の意味を知らない新人営業マンは話を続け、こう懇願する「モデルルームに3名ご案内するのが今日のノルマなんで、どうか見学だけでも…一緒に来てください!」と。

なるほど。同情の余地はあるけど、徒歩10分もかかる場所に移動して、はなから購入意思ゼロの相手に商品説明することなど、互いにとって徒労でしかない。ノルマ達成に血眼な会社員を哀れに思いつつ、「寒いので帰ります」と非情に告げて私は家に帰った。(見学者3名獲得できたかな?)

(偶然にも)
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勧められた物件は、以前に掲載のマンションポエム
〈世田谷区弦巻、静寂の高台。
大樹を継承する、美しき邸宅。〉
…その共同邸宅であった。

推薦文(5)絵画者

〜推薦文(5)『絵画者』中村宏〜

絵画の向こうに立つ作者と、こちらで鑑賞する客者。対面する双方が転倒し連動することによって永久運動装置〈タブロー機械〉が稼働するのである。タブロー機械の創造する〈観念リアリズム〉の空間を守備する美しい呪物(物質)、雲・地形・蒸気機関車・セーラー服。地上すれすれを舐め、上空を浮遊するそれらフェティシズムの依代たちは、攻め入る隙のないフォーメーションにて(遠くから近くまで)絶対領域を死守する。
絵画者は不可侵の絶対領域にあって大人物を望まない。絵画[者]だから批評[家]と同じ地平で決闘をしない。たとえ凧のように地上に繋がれようとも、硬質な絵画者の言葉は邪魔な糸をスパっと断ち切ってしまうだろう。口上 .言説 .散文詩…そのすべては、鉱物の劈開に光るエッジのように鋭利である。

(中村先生の呪物とは違う)
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かざまランドの呪物たち (地球儀/砂漠の薔薇/アラゴナイト/fiat2000/ピラミッドサボテン/黒電話)と…
『絵画者』中村宏
美術出版社  2003年発行

(サインをしてもらったのではない)
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あらかじめサインのしてある〈サイン本〉を入手したのだ

推薦文(4)赤色エレジー

〜推薦文(4)『赤色エレジー』〜

親がつけてくれた「幸子」という昭和っぽい名前は、ハタチの頃に、呪術的な由来のある古代言語「サ・チ」の方がカッコいいと思って、漢字幸子を捨てて片仮名サチコにしました。まだ私が幸子だった子供時代に、あがた森魚の『赤色エレジー』を父親の調子っ外れな歌声で聞かされて「幸子の幸は何処にある…」の切ない歌詞から、名前とは裏腹に幸薄い幸子の運命をさとり、まだ世間を知らない幼心にも暗~いワルツの調べが重たかったです。…………
その後、だいぶ大きくなってから原作の漫画『赤色エレジー』を読み、「小梅ちゃん」の林静一が芸術漫画家だと初めて知りました。ヌーベルヴァーグのようなコマ割、詩のような言葉。そして陰影を強調し「描かずとも存在を感じさせる」あの表現!白と黒のコントラストの目映さは、白黒世界の素晴らしいお手本です。

〈現代詩手帖と赤色エレジー〉
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裸電灯 舞踏会 踊りし日々は走馬灯….この美しく儚い歌詞の作者・あがた森魚は現代詩人として高く評価されるべきだと思う。

(本当は)
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当初推薦した漫画本は、杉浦茂シュールへんてこりん傑作集『イエローマン』だったが、絶版で仕入不可能とのことで断念…。永遠に敬畏され続ける杉浦茂先生。その超現実的ナンセンス作品群の粋を集めた良書『イエローマン』をぜひ皆様に読んで頂きたかった!

〈唯一者の漫画!!!〉
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これぞ創造的虚無!概念を破壊する天才よ!
変な顔をした不明の存在が次々登場し、異次元空間に突如放り出されたりするが、変な奴も異空間もお話とは特段関係無く、というより最初からお話は重要ではない。

推薦文(3)唯一者とその所有

〜推薦文(3)『 唯一者とその所有』〜

「僕たちは生まれながらの死産児だ!」この世に生を受け人間社会に放たれたその瞬間から、既成概念という死者に囲まれた日常が始まる…ドストエフスキー著『地下室の手記』の主人公は、長い引きこもり生活のすえに、このセリフを吐き悲嘆したのであった。
自動的に敬わなければならない、国家/宗教/経済/道徳/思想などの概念は、社会生活の便宜上、人間が捏造した存在で、霧に投影されたブロッケンのようなものだ。と、この『唯一者とその所有』には書いてある。「アートは社会のブロッケンに過ぎないのではないか?」という私共の疑問と不満を解消する糸口は、〈俺以外は全て無である〉とアッサリ決め込んだ冒頭の一文と、その俺〈唯一者〉が創造の核であると述べた《創造的虚無》に見出せそうである。

〈楽天的唯物論を超克するエゴイズム!
…….支配の論理に対峙するニヒリズム!〉
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『唯一者とその所有 上/下』
マックス・シュティルナー
片岡啓治: 訳  (現代思潮社  1970年発行)

*銀座蔦屋書店に於ける〈予感の帝国フェア〉は昨日2/28をもって終了しました。わざわざ見にいらしてくださった方々、たまたま目にしたという皆様有難うございました。