日別アーカイブ: 2022年2月13日

乞食者の詠める

蟹の気持ちを代弁したアニミズム詩人はエリック.サティと宮沢賢治ぐらいだろうと思っていたが、(なんと!) 万葉集の中に蟹本人になりきって哀切を歌った作品(16-3886)があった。
それは歌集に登場する色んな身分の中でも特に異質な〈乞食者〉と称する人が《蟹のために痛みを述べて》作った長歌で、大意は…「入江に作った葦の庵でひっそりと暮らしてた私(カニ)が急に宮廷に招かれた。楽師でもないのになぜ喚ばれたのだろう?頑張って歩いて行くと職人が上等な塩を用意しており、その塩を私の目にまで塗り込むのだった。私を食べるのでしたら、せめて美味しいと賞めてください、賞めてください。」…と、蟹の心情が切切と伝わってくるもので、私はこれを読んで今まで食べた蟹たちに「ごめんね、美味しかったよ」と詫びを入れたい気持ちになった。

乞食者の詠める二首(3885/3886)は、貴族に捧げられた鹿と蟹が絶命前に「命をとるのなら残った肉体だけでも賞賛して欲しい」と乞う内容で、献身の美徳というよりも、殺生と美食を貪る貴人に対しての静かな抵抗を感じ取ることができる。
作者の乞食者(ほかいびと)とは現代でいうルンペンではなく、家々を訪ね歩いて祝い言を唱えることを生業にする門付芸人のことだという。そのような非定住民だからこそ、制度内に暮らす常民にくらべ自由な表現が可能だったのではないか?と私は推測する。たとえ貴族から「こんな批判をする奴は誰だ!」と苦情があっても何処か知らない地に移動すれば良いのだから……。もしかすると漂泊の〈乞食者〉を騙る古代のアナキストが詠んだ歌なのかも?(そんな万葉ロマンを夢想するのも私の自由)

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