カテゴリー別アーカイブ: 出来事

続.趣味の園芸

親切な店員さんにビニール袋に入れてもらい「生きてるので大切にしてくださいね。」と託された100均ショップ購入のエアプランツ3株は、「プラスチックの造花みたいだけど世話をすれば大きくなるはず!」と期待し、(寒い日を除いて)毎日の行水と日光浴を欠かさず厳格に管理し、枯らすことなく無事に越冬。どうにか春を迎え我がランドに来て約1年経ちました。だがしかし造花疑惑を払拭するような生命の息吹は見られず、去年の写真と比べても(間違い探しより難しい)微々たる変化しか見られません。(彼等はほんとうに変な植物だ。)

昨年
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現在
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趣味の園芸

サンセベリアという観葉植物は、置いておくだけで部屋の空気を浄化し、風水的に運気向上の働きをする良い植物なのだという。風水を全く信じない私が昨年5月から育てていたサンセベリアは、寒すぎる室温に敗北し、越冬すること叶わずして枯れたことをここにご報告する。

(更に…)葉っぱが居なくなり土だけになった植木鉢をつい先ほど掃除機で引っ掛けてひっくり返し、全ての土を絨毯にぶちまけ、落下の要因となった掃除機で土を全て吸引したこともここにご報告したい。(運気下降の前兆でないことを祈る)

(昨年7月のあいつ)
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子株が3つも出てきて絶好調だった頃
(狭くなり一回り大きい鉢に植替えた)

(葉挿しチャレンジの3月)
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人間(私)の耳がシモヤケになるほどの低温で細胞組織がブヨブヨになり再起不能に陥る。
辛うじて残った3枚の葉っぱの先を利用して葉挿し再生に挑戦!…だが全て失敗(腐った)

(誰も居なくなった4月)
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残った土に何か植えようか?と思いを巡らし土だけ鑑賞する(それも全てひっくり返して終了)

泥鰌鍋ダメ絶対!

全国の蟹関係者が参列するなか、魚市場で仕入れた約300匹の沢蟹を寺の手水鉢に放つ儀式、それが過日4月18日に行われた蟹満寺の恒例行事「蟹供養」の概要だという。通常あまり需要の無さそうな沢蟹(って美味しいの?)をこの縁日のために大量捕獲し、わざわざ業者が用意するのなら本末転倒のような気がするが…。自由になった沢蟹たちが手水鉢からどこに行ってどこで暮らすのかも気になる。

20年ほど前に働いてたスーパーの鮮魚コーナーでも似たようなことがあった。
ある日のこと、険しい表情の女性客が発砲スチロール箱の生け簀を指差し「このドジョウを全部売ってください!可哀想だから川に放流します。」と言って売場の活きドジョウをビニール袋一杯買い上げた。おそらく近くの多摩川に放流したと思われるが、休耕田育ちの養殖ドジョウが一級河川で生きていけるだろうか?私はドジョウをお客さんに手渡した後もモヤモヤした気分だった。
しかしよくよく考えみると、悪食愛好者が好んで食べる泥鰌鍋(特に丸鍋、地獄鍋)のようにドジョウを生きたまま火にかける残酷な調理法で死ぬよりも、束の間の自由を享受する方が断然幸せなはず。動物愛護活動のお客様に感謝せねばなるまい。(ドウジョウから恩返しされたかな?)

私はホトケドジョウを飼育してたとき、TV画面に泥鰌鍋が映し出されると「見ちゃダメー!」と叫んで急いでスイッチを切った。それはTV好きの平和なドジョ君たちに人間の残虐性を知られたくなかったから…。
じわじわと沸滾ってゆく鍋の熱さと恐怖に暴れながら死に至るドジョウの様を、酔狂に楽しむ悪趣味料理に断固反対!泥鰌鍋を食べた人間は殺生の罪該当。八熱地獄の中で5番目に厳しい叫喚地獄に堕ち大釜で茹でられる刑にでも処されたらよい!(ドジョウの苦痛を想像してみて)

2010年執筆の戦争漫画『ドジョ戦記』
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舞台は多摩川、登場人物(淡水魚)は…
ホトケドジョウ/ムサシトミヨ/ミヤコタナゴ/コイ/ニホンナマズ/メダカ/カダヤシ(スパイ)

塵埃観音

先月お邪魔したコロタイプ印刷会社・便利堂の玄関フロアには明治時代に使用していた古い印刷機が展示され、石製のプレス台に法隆寺金堂壁画の菩薩像部分を写したガラス原版が置いてありました。
私はこれを見て「そういえば、ランド執務室(四畳半)にも同じく観音菩薩の額が掲げてあるなぁ…」と思い出し、今まであれが何なのか気にしてなかったので一度確認してみることにした。もしかすると便利堂のコロタイプかもしれないし!現ランドに居を移して早6年、全く触ることなく放置されたままの額縁を先日やっと降ろしてみました。

便利堂は文化財の記録と復元に貢献
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電気座布団発火事件で焼失する前の法隆寺金堂壁画を便利堂で撮影していたので、この記録写真が後の復元に必要な一級資料となったという。
また、カビ大発生で真っ黒けになってしまった高松塚古墳壁画も、まだ綺麗なうちに便利堂が撮影してたので、修復の際に大いに役立ったそうです。

四畳半を見守り続ける仏画
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便利堂コロタイプならいいな

※閲覧注意!
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ギャーーーー!すごいホコリ・・・
これではバチが当たる(既に当たってるかも?)
菩薩の慈悲で赦して給れ〜

裏面の謎ハンコは判読できず
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プリントの表面をよく見ると、多色版のズレが見受けられこの複製画はコロタイプではなく木版画のようだ…残念。

可愛い とりちゃん♪

2ヶ月前の50歳記念誕プレで、74式戦車キーホルダー「発心集」カウンタック柄ビニール鞄「夢中問答集」など多数の品を購入しましたが、その中で断トツのお気に入りは「可愛い とりちゃん♪」です。ヤフオクで500円落札のとりちゃんは、ボリス.ジョンソン氏ばりにフワフワボサボサな羽毛が特徴のなんの種類かわからない(雷鳥とカルガモの中間のような) 幼鳥ぬいぐるみです♪

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ヤフオク出品時代の「可愛い とりちゃん♪」
大きさ見本の二つ折りガラケーを見つめる後姿ですら可愛い!

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カザマランドおでん会の会長を務める可愛いとりちゃん♪

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いつも真顔の可愛いとりちゃん♪

4月7日ワルシャワで

1944年ワルシャワ・夏。ソ連から対ドイツの共闘を持ちかけられ武装蜂起するに至ったが、いざ火蓋が切られると赤軍からのまともな援護はなく、結局は梯子を外され、見殺しにされるような形となった。協力者だったはずのソ連は、ドイツ軍によって市街が破壊され廃墟になったのを見計ってワルシャワを占領し、ポーランドを赤化したのだという。8月から10月までのたった2ヶ月間でレジスタンスと市民を合わせて22万人、ポーランド軍兵士1万6千人が犠牲に。しかしこの人数は推定で実際はもっと多いと言われている。

…以上のような凄惨極まる戦史を外国人でも勉強できる〈ワルシャワ蜂起博物館〉を見学し終わって、復元された旧市街地までブラブラ歩いて行くと、WW2時代の軍服をまとった仮装行列に出くわした。「いったい何のお祭りだろう?」と不思議な気持ちで眺めていたのだが、帰国して調べてみると、おそらくあの大行列は〈カチンの森事件〉の犠牲者を追悼するための行事だったようだ。大量虐殺事件の詳細は現在も不明というが、その概要は背筋も凍る残虐性に満ちたものだった。

4月7日: ワルシャワ蜂起博物館で
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上空にイギリス軍輸送機が飛来してきたとき、地上の戦闘員はどんなに期待したことか!
ロンドンに拠点を置く亡命政府からの支援物資は投下されたが…

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落ちてきた鉄製カプセルの中身は、機関銃一丁/缶詰1個/クラッカー数枚/手榴弾3個ぐらいと期待を大きく裏切るわずかな物量で、駆け寄り拾った者は皆んな落胆したと解説イヤホンは語る。

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旧市街広場に向かう隊列は2千人ほどに見えたが、現実の犠牲者はこれの約10倍、2万2千人のポーランド軍将校、警備隊、官吏、聖職者だったという。
1940年4月、ソ連に捕らえられた多数のポーランド人捕虜が、スターリンの指令でNKVD (KGBの前身) によって虐殺され、スモレンスク近郊カチンの森に埋められた。
プーチンは言わずも知れたKGB出身で、ボルシェビキ古参であるスターリンの嗜虐性をも継承してると言えるが、どうして21世紀にもなってそんな男が独裁者として存在しうるのか?ロシア人に問うてみたい。

3年前ワルシャワで

2019年の4月、ポーランドの首都ワルシャワに出張旅行をした。ドイツ軍による空爆で壊滅したことが嘘のように復興した美しい街並みに驚き、また歴史に明るくない私のような旅行者でも、侵略された当時の緊迫感を知ることができる博物館やモニュメントなど気軽に見学することが出来て、戦争を忘れないための教育の充実と展示の工夫にとても感心させられたものだ。

此度グーグルフォトから届いた〈3年前の思い出写真〉には、現在のような有事だったらもっと違った見え方がしたであろうワルシャワの長閑な風景が多数残されていた。

4月6日: ポーランド軍事博物館にて
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1944年ワルシャワ蜂起のシンボル・KUBUS (クブシュ)実物。子供までレジスタンスに協力したというナチスに対する熾烈な抵抗。普通のトラックに装甲を施した即製装輪装甲車は、ワルシャワ市民の士気の高さを今に伝える貴重な車両だ。

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ドイツ軍から鹵獲したSd.kfz.251(愛称.灰色狼)
クブシュと一緒にワルシャワ大学の突破に参加

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こちらも鹵獲車両のヘッツァー
バリケードに利用され後部が大破

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この気持ち悪い航空機はソ連の攻撃ヘリコプターMi-24Dで、ポーランドが共産主義国だった時代に運用。

…私はこの場にてお腹の不調で携帯してた大切な征露丸入りジップロックを紛失!(あとで発見)。不気味な人面ヘリをみて当時の焦りと気分の悪さを思い出す…

京都土産(工業用石鹸)

注意を払っていても手にべっとり黒インクを付けてしまい、更に汚れたその手で紙や道具をベタベタ触って汚染を拡大させてしまう癖のある私の前に〈ユーゲルパウダー〉という名の救世主が現れた!

神洗剤ユーゲルとの出会いは京都便利堂でのインク練り体験でのこと。受講者の皆さんは手を汚さず練っているのに何故か私だけ手が真っ黒…。いつものことだしまあいいか、と思ってたら「手洗い場にあるピンクの粉を手にまぶしてから水洗いしてください」とご指導が。先生の言いつけ通り洗ってみると「す、凄い!」しつこい油性インクがみるみる溶け、流水とともに流れて行くではないか!洗浄力の感動をそのまま先生に伝えると帰り際に「作業台をようけキレイにしてあげてください」ジップロックにたっぷり入ったピンクの粉を手渡してくださった。有難うございます!ユーゲルのご恩は決して忘れません。

(京都のお土産)
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「油性インクは洗っても落ちないからしょうがない」と開き直り、爪や指紋が黒いまま平気で外出していたのだが、ユーゲルの登場でその言い訳はもはや通用しない!27年間使用の灰色スチール机の古傷に染み込む黒インクもユーゲルで洗浄可能ではあるが、掃除が苦手なので本気でキレイにする日がいつになるかはわからない。
同類商品に〈ピンクの天使〉というファンシーな名前の魔法の粉もあるという。しかし私はドイツ語ではないけどドイツっぽい語感の〈ユーゲルパウダー〉一択だな!

ミニ山の宴

既に他界した祖父の職業は、東京日本橋にある有便堂という名の日本画材店の大番頭で、当時は店頭販売よりも作家のアトリエに出向いての御用聞き及び納品をするのが主な仕事であったという。
祖父が岩絵具や墨、和紙など届けていたお客には画壇の重鎮、有名書家、舞踊家が多数おり、このような上客をもてなすために、有便堂社長邸の庭で花見などのお客様感謝祭を催したと私は父から聞いている。しかも宴の庭にわざわざ築山を建設し、一流の数寄者を喜ばせる演出をしたというから驚きだ!

宴席には給仕係として祖母も駆り出されたというのだが、写真でしか覚えのない早逝の祖母が、丸メガネをかけた私そっくりのコミカルな容姿で、髭を生やした日本画壇のお歴々を相手に不慣れな接待をしたのかと想像すると、なんだか気の毒なような笑っちゃうような…。
横山大観、川合玉堂、川端龍子ら大先生もいらしただろうか?祖母が早死せず生きてたら聞いてみたかったな〜と桜の季節になるとそんなことを思う。

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庭園絵葉書にあるようなミニ模造山を見ながらの酒宴はさぞかし盛大だっただろう。酔っ払ってミニ登山したりしたかな?

四角もあれば三角もある

30年来の旧友で鴨ライバルでもある(aya)と京都の下鴨神社で推し活をして来ました!ここは鴨長明ゆかりの地として有名ですが、亡くなった父親から神職を継ぐはずだった長明が、親類の妨害で神社を追われるような成行になり、色々と思うところあって発心し遁世。方丈ハウスで独自路線の仏道に励むことにしたので、下鴨神社は由縁の地と同時に因縁の場所とも言えるのかもしれません。

方丈ハウス(庵)レプリカのある河合神社に着いて、本降りになってきた雨に傘不所持を悔やんでいると、親切な巫女さんが社務所内茶店で扱っていると教えてくれました。という訳で、神社に来たのにそれらしい御守りや御札を買わず社務所価格550円のビニ傘のみ購入。鴨さま由縁の特別なビニ傘なので、乾いたら鴨の絵を描いて記念品にしようかと思ってます。

桜は一輪も咲いておらず残念…
遅咲きの紅梅がわずかに残っていた。
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〈われも今 しのばむやどに梅植ゑじ
まだ見ぬはなの面かげにたつ〉
予感を詠んだ鴨さまの詩的和歌のように.いつかは咲くであろう花の幻を我々も愛でようではないか!

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これが四角い方丈ハウス(方丈庵)だ!
正方形ワンルームを覗いて見ると、だいたい風間ランド執務室(四畳半)と同じぐらいの面積。

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鴨さまの面影に立つ私

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下鴨神社裏庭(見物料金¥500)には三角形の可愛いお家もあった。こっちもいいなぁ。
(四角と三角、君ならどっち?)