もうすぐ終了!

今年の秋から北陸二カ所でほぼ同時期に開催された、黒部市展と金沢21展はまもなく終了です。昨年の取材旅行に始まり、展示作業やワークショップと事あるごとに北陸出張し、風土に親しみカニと日本酒に舌鼓を打った楽しいシーズンも良い思い出へと…。
年末を迎え気忙しくなりますが、美術鑑賞する余裕のあるお方は是非残り少ない会期に滑り込み鑑賞してくださいませ!金沢21世紀美術館『現在地』展は今週木曜・19日まで。黒部市美術館『コンクリート組曲』は来週日曜日・22日まで。よろしくお願いいたしま〜す。

開館15周年記念 現在地:未来の地図を描くために [1]
金沢21世紀美術館   12月19日(木)まで!

コンクリート組曲
黒部市美術館   12月22日(日)まで!

(12/2 海岸クイズの答え)
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このシュルレアリスム的な巨岩のある美しい海岸は…
敦賀半島ダイヤ浜 (ダイヤモンドビーチ)でした

〈武甲山原型〉谷文晁「日本名山圖會」より
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(秩父遠足予告編)
所沢駅で西武池袋線から西武秩父線:特急ちちぶに乗換えた私は、指定席とは知らず幼い兄弟の席を占拠。「ここはボクたちの席です」と言われ「あ!すみません」と子供らに詫びを入れ移動し、車掌を呼び止め特急指定券を購入して着座し無事に西武秩父駅に到着した。正午、駅舎を出ると12月と思えぬ眩しい太陽光でそこにあるはずの武甲山の姿が「み、見えない…!」(以下次号)

太麺の里

先月久しぶりに埼玉県東松山市の丸木美術館に行き、堀浩哉さん&えりぜさんの展覧会を観ました。お二人との会話が楽しく名残惜しかったのですが、晩秋の日没の早さに急かされ閉館時間前に会場を後に…。グーグル地図の誘導で、地元住民の姿すら見えないやたらと暗く怖い道を40分位歩くと「帰りに絶対に寄るぞ」と心に決めていた月の輪駅前のスーパーに辿着きました。都内では売ってない太焼きそば・太うどん・太ラーメンを買って帰ることができて大満足です。太麺購入のため保冷バッグ持参で来た甲斐があった!
今週末は秩父に遠足予定。どんな太麺に出会えるかな?(麺探訪が目的ではなく山を見るのが目的で勿論お仕事です)

〈太麺各種その他〉
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つけ麺用極太麺/太打ち煮込みうどん/太麺平打ち焼きそば/煮干し醤油スープ/漬物

〈太麺調理例〉
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煮干し醤油ラーメン

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煮込みカレーうどん

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煮込みキノコうどん(味噌味)

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ソース焼きそば
何故うまい太麺を東京の一般スーパーで売らないのか?

ビニルハウス

Y字郎を庭に移植してから早2ヶ月。放任主義を貫きほったらかしにしてたのですが、今季一番の冷込みを記録した一昨々日に、Y字郎が瀕死の状態に陥っていることに気がつきました。葉っぱの半数は水分が無くなり、残った葉も生気無く黄色い…。このままでは確実に枯れてしまうので、私は彼を日陰の隅っこから庭中央の日向に移植し、百均で購入した用途不明の金属枠を利用した即製ビニルハウスを被せてみました。不明な植物のまま死んではいけない!正体が判明するまで頑張って!

11月、庭師への手紙
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たぶん雑草だけど抜かないよう庭師のお姉さんに懇願する。

なんて素敵!
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心優しい女庭師の機転によりプラスチック鉢で護られたY字郎くん

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ありがとうございました

12月、命危うし
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(何の草だか判るまでは) 死なないでー

無酸素事変

黒部滞在中、学芸員の尺戸さんから貰ったこの石は黒部の海岸で採取したもので、地元の地質学者によると、海洋中の酸素が欠乏した〈海洋無酸素事変〉時代の石とのことだ。1億4500万年前から区分される地質年代史の中で、火山の噴火や地殻変動が原因と推測される〈事変〉が幾度か起き、そのつど海洋中の生物は死滅し、その死骸は(バクテリアの類も死んじゃうので)分解されずに堆積物になったという。それらは形態を維持した化石や、また多くは化石燃料(石油)となって海底に永く眠っていたのだ。

〈事変〉と聞いて不穏な気持ちに駆られる今日は日本が米国に真珠湾攻撃を仕掛けた12月8日だ。太平洋戦争開戦から78年、(通称)大東亜戦争の発火点である支那事変からは今年で82年目になる。
第一次世界大戦開戦からは100年あまり経ったが、なんと、この近代戦争が始まってから僅か100年間で、地球の化石燃料の半分を人間が掘削し、消費してしまったのだというからビックリ!屍の上に屍を重ねて千万年単位の年月で生成された尊い化石を、つまらないことで浪費し、さらに屍を重ねる人類の愚行を、無酸素事変で亡くなられた有機物ご一同は許して下さるだろうか?

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去る10月11日。台風19号の影響により翌12日の黒部展オープニング式典及びトーク会の中止が決定され「明日はお客さん来ないだろうな〜」とアクア黒部H客室でぼんやりしながら貰った石を鑑賞していたのだ。この時は新幹線水没や、地元世田谷区が浸水被害に遇うことなど予想だにせず。

13日、台風一過の生地海岸にて
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恐れを知らないジークフリート!!

電気の国で

広報印刷物の陳列棚でチラシやパンフレットを集めていたら、「あのぅ…よろしかったらこちらを使ってください」とコンパニオンの女の子がおずおずと薄緑色の封筒を差出してきた。関電美浜のロゴ入り封筒を見て「わ〜助かります!ありがとうございます!」と喜びを表現した私の率直な態度で、彼女達の警戒心は少しばかり解けただろうか?
原発PR施設のコンパニオン達が、退屈な待機時間を世間話に費やしてるだけではないことを私は知っている。不審人物が入館した場合(このように)やんわりと接触して探りを入れたり、原子力推進に反する剣呑な質問をされたら、あえて論点のずれた無意味な返答でけむに巻く任務もあるのだ。(暖簾に腕押しの不毛な問答は不条理小説のようでもある)

丸眼鏡に半ズボン、大きなリュックを背負った中年(=私)が一人でふらりとやってきて、チラシ集めに夢中になってる様を怪しく思ったのも無理はない。だが安心し給えお嬢さん!私は紙モノ好きの善良な市民で危険な者ではない。そして至って正常だ(と思う)。

タダでたくさんもらったヨ
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子供向け啓蒙絵本『電気の国へようこそ』や大人向け科学的解説などいろいろ。
粗品をもらうためアンケートを(無難に)記入。タオルハンカチ(無地)とアブラ取り紙「どちらがいいですか?」と受付嬢に尋ねられ、PRセンターの文字入りアブラ取り紙を選んだ。タオルハンカチの方が高そうなのに何故こっち(真に
粗品)を選んだか?それは珍しいし面白いから。(この二者択一は何かの試金石だったのかも)

ゴミでも宝でもない。
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原子力チラシ軍に新加入した薄緑封筒には〈大地に根ざす根上りの松 地域に根ざす美浜発電所〉とスローガンが書かれている。広報無料チラシを集めるなら原発PR施設と陸自駐屯地がおススメで〜す。

原子力の箱
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自慢のグッズは、刈羽柏崎原発ジグソーパズル/原子力テレカ(使用済み)/プルト君ボールペン 

砂上の楼閣

長いトンネルを抜け、歩行スペースの無い危険な国道を5km近く歩いて美浜原発へ。途中フェンス上に丸まって寄添う可愛いサル2匹と至近距離で遭遇するが、突如野生の牙を剥いてきたら怖いので、刺激しないようにそ〜っと離れた。(国道で何かを待っているのか?)

行きのバスで丹生大橋を渡り原発の入口前をぐるりと経由したため「普通に通行できる」と勘違いし、今度は歩いて橋を渡ろうとしたら警備員に止められた。「朝は通ってきましたよ?」と言うと「始発と最終のバスのみ通行が許可されてる」とのことだった。関係者でないのに渡れて得しちゃったな!(運賃200円で)
巨大出島のような原子力発電所と丹生の浦を繋ぐこの鉄橋のたもとにUFO風の〈関電美浜原子力PRセンター〉は建っている。ここは原発の宣伝を無料で見学のできる施設で、1時間滞在するのもやっとな位い見るものが少ないが、タダなので文句は言うまい。

2004年に美浜原発3号機タービン建屋で起きた配管破裂事故により、11名の作業員が死傷し内5名が死亡。この重大事故の反省からか、私が今まで見てきたPR施設の中では一番謙虚な姿勢の展示だった。…にしても御多分に洩れずここもコンパニオンの人数が多すぎる!滅多に来ない来館者のために毎日待機するのはさぞかし退屈だろうと思うのだが。(私なら我慢できず一日で脱走)

(朝は海上の橋を渡って…)
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どんどん近づいてくる原子炉建屋に見惚れて車窓からの撮影を忘れる

(UFO基地ではないPRセンター)
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立派な建物と、それほどでも無い展示。

(丹生の浦より砂上の楼閣を臨む)
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1号機2号機(右の2基)は廃炉。(解体撤去に30年も要する)

(風光明媚な水晶浜:天然岩の神社からの眺め)
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この砂浜は鳴砂保護区。
鳥居の上の石ころはどうやって乗せたのか?とても不思議

巨象の渚

「200円です」「え???」…始点(敦賀駅前)から終点(白木)まで1時間かけて20km以上の長距離を走行してきたのにバスの運賃がそんな安いはずがない。現に2つ前の停留所では電光掲示板に1050円と表示されていたのだ。もう一度運転手さんに「敦賀駅からですよ?」と確認すると「ここは敦賀市内なので200円です」とキッパリ言われ、終点まで乗車した唯一の客となった私は、釈然とせぬまま百円玉二枚を代金箱に投入し降車する。
この白木地区は敦賀半島の西側にあり、公共交通機関(路線バス)で行くことが可能な北端に位置する。今でも僻地の感のある鄙びた集落だが、高速増殖炉もんじゅの建設が始まるまでは山中の峠道しかなく、もんじゅのおかげでバスが来るような拓けた地域になったという。だが廃炉が決定した現在は、建設車両が頻繁に行き交ったであろう国道に自動車が時折通過するのみである。

「200円です」と運転手さんに言われ「ん?これも原子力開発機構の恩恵か?」と私が邪推した理由はこの〈もんじゅ〉の存在にある。原子力施設周辺のおごり体質は、過去20年の見学で既に知っているので、この激安運賃もその一つかと穿った考えが頭をよぎった。が、後で地図を見ると半島は西に美浜町、東に敦賀市と二分されており、敦賀市は中世のドラゴンのような形状だ。首の付け根に敦賀駅、そして口の先っぽにあたる白木が美浜町に食い込んでいる。確かに敦賀市内で間違いないが、経由してきた美浜町では妥当な料金を支払い、越境した途端に初乗り運賃に戻るとは?!キツネにつままれたような心持ちだ。

バスを降りると(誰もいない)
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この美しい秘密の入江には誰もいない。
遠くの防波堤に2~3名 釣り人の影が見えるだけ…

(あれに見えるはもんじゅじゃないか)
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砂の浜辺の隣に石ころの浜辺(そしてもんじゅ)
吹き荒ぶ風と打ち寄せる波の音だけが寂寞を破る。だんだん怖くなってきた…

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莫大な金を飲み込んだ白い巨象=無用の長物

(白木漁港にて)
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勇気を出して堤防を歩いてみたがここまでが限界(こわい!!)

(歩いて美浜に移動)
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もんじゅ建設のために開通された白木トンネル(全長736m)
無人のトンネルにゴーーゴーーゴーーーと絶えず大音響で風が吹き抜け大変に恐ろしい。ここは「あの世の入口」のような気がしてきた!(歩行中3台の車両しか通過せず)

金沢21美(報告)

金沢21美で開催された一昨々日のトーク、一昨日のワークショップは和やかに楽しく無事終了〜。参加者の皆様どうもありがとうございました!WSは全日制で昼休憩を挟んで作業したものの、終了時間を1時間も超過して17時半までかかってしまった…。今回も初心者の潜在能力を期待し、過重なスケジュールと内容を強行し内心ハラハラしましたが、期待以上の素晴らしい『My金沢エハガキ』が完成して嬉しく思います。(皆さんご苦労様でした)

金沢出立まえ午前3時にトーク進行表を作成したので、自ずと睡眠不足になり新幹線車中で熟睡。そんなこんなで食事をとる暇も無く空腹のまま美術館に仕事へ。トーク中に腹が鳴ってはならないと思い、持参したビックリマンチョコ(北斗の拳)を食べて、その後うっかりオマケシールの存在を忘れて空袋ごとを捨てちゃった。なんのシールだったのだろう?

私の知らないMy 金沢
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皆さんの素敵なエハガキ。兼六園や新天地飲食街など魅惑的な名所と隠れた(個人的)名所の数々。(美術館斜向かいの名園兼六園すら寄らずに私は敦賀半島へ…)

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皆様また(何処かで)会いましょう!

(遠足編予告)
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ここは何処でしょう?(モンサンミッシェルではない)

金沢で会いましょう

金沢21世紀美術館にて明日29日は独演トーク会。明後日30日はワークショップを開催(詳細情報は美術館 HPを参照)。たぶんまだ空席があると思うので、参加可能な条件の方は是非ご参加くださいませ!そしてこの二つの責務を終えたのち福井県敦賀半島遠足の予定で〜す。私は何を見物しに半島にいくのでしょうか?(それは内緒)

遠足のおやつは300円以内
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北斗の拳ビックリマンチョコは「黒い髪の男の人が良かったかしら?」と言ってお母さんがくれた。心配無用!ラオウでもいいよ。
右上の飴玉はこの前八木くんの娘さんがくれた。「目をつぶってください。どこにオバケがいるか当ててください。」と千里眼クイズが出され、私は指先に第六感を集中し飴の包みを撫でて答えた。何度も何度もはずしたが最後にはご褒美としてくれた。この飴玉は児童特有のホカホカ手のひらで弄ばれ溶けかかっている。(記憶力ガムはそんなに変な味でもなく記憶力維持の実感は無い)

金沢21世紀美術館:開館15周年記念
現在地:未来の地図を描くために[1](←詳細コチラ)
2019年 12月19日まで
会場:金沢21世紀美術館(石川県)

29日トーク:初期作品を話題におしゃべりする予定!
30日ワークショップ:「My金沢えはがきを作ろう!」

またとなけめ

中学時代にどうして落語カセットを聴いていたのかというと、当時は入院することが多く病室では特にすることがない(今思えば勉強すればよかったが…) ので〈エドガーAポオの怪奇小説を読みながら、ヘッドホンで志ん生の落語を聴く〉という前代未聞の新しい視聴方法を試し、ヒマを潰してたのだ。結果どちらのお話も理解することが出来ず、19世紀末の耽美的気風と江戸っ子の気風は同居できないと結論づけられた。

鴉いらへぬ「またとなけめ」
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難しいポオの詩をさらに難解にした日夏耿之介による翻訳詩集。
有名な大鴉の鳴声「ネバーモア」は「またとなけめ」と聞いたことのない言葉に訳されている。なので心乱れた絶望的な男の問いへの返答はすべて「またとなけめ」だ。(不健康からくる乱心で意味不明な読書方法をすることは「またとなけめ」と願いたい)