棄民の春

明日からはエンゲル係数高いお宅を直撃!の8%消費税スタートです。国会議員の定数是正や財団法人への予算カットなど宙ぶらりん状態、お上の努力も見えぬままの増税には納得いかね〜憂鬱なる4月が始まります。
3月は「忘却禁止月間」と決めてブログを書き始めたのですが、振り返ると支離滅裂ですね…。
震災の事も原発も空襲も毒ガスも思いつくまま、まとめのないまま今月も終了です。反省!
…申し訳程度ですが、締めくくりに只今横浜美術館で開催中の「ニッポン木版画展」に出品してる『噫!怒濤の閉塞艦』の制作した当時に書いたテキストを載せます。これから展示をご覧になる方は参考までに読んでみて下さい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『噫!怒濤の閉塞艦』

1904年(明治37年)日露戦争において、大日本帝国海軍はロシア帝国海軍・旅順艦隊を海上封鎖すべく、 旅順港入口を自らの船舶を沈めてバリケードを築く作戦に出た。この「旅順口閉塞作戦」は三次にわたって 実行されたがいずれも成功せず、ロシアの機雷に触れて爆発した先頭の船を、目標到着の合図と勘違いした後 発隊が次々と自沈してしまったりと失敗の連続であった。(最終的な犠牲者は90人にものぼった)  しかし、日本はこれを「失敗」とせず、戦死した広瀬少佐(死後に中佐に昇格)を軍神と崇めて、その悲壮 な武勲を歌に物語にと宣伝し、古き良き日露戦争の勝鬨エピソードの一部となった。  その後も日中戦争、太平洋戦争と戦いが続く中、多くの「軍神」が登場し、大本営発表の欺瞞の声は敗色を かき消す断末魔の叫びと化した。

原子力発電における「安全神話」も然りである。度重なる大小の事故を隠蔽し続け、事故を真摯に検証する ことよりも、ひたすら「安全性」のアピールに金と力を注ぎ、自らが「安全神話」の催眠術にかかってしまう 体となったのだ。  明治三陸大海嘯など津波被害の少なくない太平洋沿岸の立地であるにもかかわらず、天然の防波堤である崖 を切り崩して原子炉を設置したのはコストダウンという当座の理由だけであった。  アメリカのメーカーGEと「ターンキー契約」(原発一式セット販売)を結ぶために、高所に設置する際に 必要な揚水ポンプの経費をケチッたのである。(堅牢な岩盤に当たるまで掘削したというのは建前)  未来の安全性を軽視した拙速な建設がまねいたこの大惨事は、顧みてまさに「自沈」である。  爆発した福島第一原発という巨大な「閉塞艦」の出現に、或る人は出口の見えない惨禍に苦しみ、或る人は 遠くから「絆」という甘言にすがり、そして多くの人が忘却し、無き物のように振る舞う……。

明治三陸大海嘯には「風俗画報」というリアルな史料が、広島の原爆には丸木夫妻の「原爆の図」があるよ うに、記録画は「忘却」の「防波堤」である。  「噫!怒濤の閉塞艦」には、広島、長崎、ビキニ、福島の核と原子力にまつわる簡単なクロニクルが描かれ ている。(右端の船は放射線の汚染を調査する環境観測船「みらい」=原子力船「むつ」の船幽霊)  自分のキラキラネームしか読み書きできない子孫しか生き残っていない後世がおとずれたとしても、一目で 分かる「失敗の手引書」となれば良いと思う。

2012年 風間サチコ

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「噫!怒濤の閉塞艦」      2012年制作

☆告知☆
横浜美術館『魅惑のニッポン木版画』開催中です!〜5月25日まで(閉塞艦、平成博を出品!)