赤と黒雑考(その1)

詩とは?詩人とは?我々は過去の一切の概念を放棄して、大胆に断言する!『詩とは爆弾である!詩人とは牢獄の固き壁と扉とに爆弾を投ずる黒き犯人である!』…同人誌『赤と黒』は大正12年(1923年)元日に、この過激な宣言文で表紙を飾り創刊されました。
萩原恭次郎、岡本潤、川崎長太郎、壺井繁治ら4人の若き詩人たちによって、古い文壇と売文渡世にクサビを穿てとばかりに同人が結成され、当時、アナキスト連中の気前の良い旦那(パトロン)だった有島武郎に無心して得たお金と版画を元手に発行されたそうです。…突然自宅を訪れて「詩の雑誌を作るので援助して下さい!」と厚かましく要求する若者たちに、ポンと現金50円とバーナード・リーチの銅版画(柳宗悦あての紹介書つき。白樺人脈!)を提供してあげる有島武郎って、本当に育ちが良くていい人だったんだな〜と実感するエピソードですね。大杉栄の「日本脱出」渡航資金も工面してあげたし。有島本人はプロテスタント教義から白樺派の人道、理想主義とマジメな路線で成功した文学者でしたが、ブルジョア絶対悪という階級闘争のなかで「大地主でブル出身の自分はどうしたら良いのか?」という焦りがあったのかもしれません…持たざる者、無産者が正義という価値観が蔓延し、この善意の文学者の心は大きく揺れたことでしょう。あからさまに無心されても快くアナキスト達にお金を提供することは、生まれながらの有産者という業から少しでも離れたいという気持ちの一端だったような気がします。
そんな経緯で、めでたく世に放たれた「赤と黒」。この「赤と黒」というタイトルを文字通りに解釈すると赤=ボルシェビキ、プロレタリアと黒=アナルコ、サンジカリズムということになりますが、この同人誌の傾向は赤色でも黒色なく、当時激化していたアナ・ボルの対立でもありません。冒頭で自らを「黒き犯人」と名乗っておきながら、最終的には「どの主義にも染まらない」という強い意志に帰結するのです。創刊号の第一輯から実質的な最終号の第四輯までのあいだに、若者らしい葛藤が垣間見えてとても面白い!たったの五ヶ月の短い間に四輯発行され、関東大震災を挟んで発行されたペラペラの「号外」を最後に終わってしまった雑誌ではありますが、その瞬間的な青春キラキラに羨ましさすら感じます。次回は大好きな萩原恭次郎を中心に、その変遷を辿りたいとおもいます。

赤と黒1
近代文芸復刻叢刊『赤と黒』 昭和38年発行(冬至書房)
…本当は『マヴォ』の復刻版が欲しかったのだけれども16万円(!)もしたので諦めて、こちらで妥協。石神井書林さんで4千円ぐらいだったかな?届いた時にはあまりにも薄っぺらだったので少しガッカリしたが、この薄さに凝縮された、階級闘争の波に抗う文系男子のドキュメントに触れて感動〜。妥協での出会いだったけど購入して良かった!

赤と黒2
第二輯から四輯と号外
「次回予告・階級藝術抹殺號」とは!何とも勇ましいです。

南天堂
大震災直後に「皆に和んで欲しい」というお節介でレコードを回して、ご近所からひんしゅくを買ったほど、レコード大好きなDJ 虎王麿(とらおうまろ)が経営する、シュギシャ諸氏や先鋭文化人の集うイカシた古書店&カフェ「南天堂」。今でもこんな素敵な店があればいいのにな。
この寺島珠雄さんの記した「南天堂」の記録は大変参考になります。