危険な暮らし系

この家はボロいということのほかに、平屋から二階建てにむりやり改築されていて見るからに変な感じです。屋内は昭和20年代の住宅にしては天井が高く、その規格で元・平屋に二階が乗っかてます。(柱はついであるものと推測)平坦な土地で必要ないのに「盛土」された高い土台の上には、南側全面がガラス戸の縁側で、倒壊する方向が一目で分かる木造二階建て。そそり立つ老朽家屋の外観は、見る人に不吉な予感をあたえるのに容易に事足ります。
こんな防音、耐火、断熱の機能ゼロで、自然の脅威と隣り合わせの家に住むメリットとは、懐古趣味を満足させるということ以外に何があるのか?せっかくボロいのだから他にも利点がなければツマらない!そこで私はこのボロ屋をジョーモニズム実践の場と考えることにした。といっても大したことではない。天災(地震、台風、落雷)と動物の侵入、古い物品から醸し出される霊気などにビビりながら暮らすこと、すなわち人間が環境を管理し支配し勝利する「合理性」に離反し非合理世界に近づく一歩だと思っているのです。

(参考資料)
2015-06-06 21.11.27
1994年、風間縄文の名義で発表された『ジョーモニスト宣言/ビバ縄文2001』の一部
「ハートに縄文 みつめる未来」と新規のレトロフューチャーを唱えているが、そんな楽観は21世紀の今現在では見当たらない。
残飯を自宅の庭や公園の植え込みに投棄する「タマオクリ」行為は、古代における死と再生の観念を、現代の生活スタイルに順応させた崇高な儀式です。残念ながら私はまだ実行に至りません!
このように非合理的観念(アニミズム、マナイズム等)を自分勝手に曲解した自己完結型マニフェストが「ジョーモニスト宣言」です。過去の拙文には閉口させられますが、今の暮らしを批判的に示唆するところも多少はある…と思う。