カテゴリー別アーカイブ: 出来事

幻の二番館

芸術新潮1月号・映画特集をみんな読んでくれたかな?私が寄稿した〈アーティストが選んだ3本〉のプロフィール欄には「初めて観た映画は何か?」という質問への回答が書いてあり、「9歳の頃、兄妹3人で映画館に行った『ブッシュマン』『エレファントマン』の2本立て。」が私の答えだ。しかし観たと言っても内容は全くわからず、ただひたすら怖い感覚しかなかったが…。

マンと差別が共通項の大人向け映画2本立てをなぜ子供だけで観に行ったんだろう?まだ小学1年生だった幼い妹が、長時間座って理解不能な映画をガマンできたとは思えず色々謎だらけで、もしかしたら夢と現実を錯誤してるのかもしれない。そうだったら、芸新の記事はウソということになってしまう。(憶えてるか兄妹に確認してみよう)

(芸新1月号より)
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昔は二子玉川園駅前に〈二子東急〉という二番館があり、おそらくバスか地下鉄に乗って兄妹と3人でそこに観に行った。
できたばかりの新玉川線(現.田園都市線)の駅〈二子玉川園〉の名称は、古い遊戯機械がギーギー軋む怖い遊園地・二子玉川園がここにあったから。当時はチンドン屋が奏でる『美しき天然』がよく似合う川っぷちの場末で、私の中ではガロの鈴木翁二が描く陰影の濃い漫画のようにセンチメンタルな映像で再生される。

R.I.P. 先逝く現代の星

数時間前に詩人・天沢退二郎さんの訃報。19日前には音楽家・松平頼暁さんの訃報。芸術家であり研究者でもあるお二人が亡くなったと知り、ご高齢で天寿とはいえ寂しい気持ちが湧いてくる。
現代詩人、現代音楽家が前時代的な存在になってもなお、保守的な21世紀人の懐には収容し難い、鋭利な黒曜石製のヤジリのような神秘的先端であり続ける偉大さ…。生前一度も朗読会や演奏会に行かず、自らお目にかかる行動に移せなかったことを猛省し、ここにご冥福をお祈りいたします。

夜の戦いとトランジェント
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〈夜はやけに舌がそよぐ 戦ぐ舌は刈れ〉
戦ぐ=そよぐと読むのか!知らなんだ。痺れる帯文の天沢退二郎詩集『夜の戦い』は、巨大なエビが人命救助をする夢記述が面白くて何度も読む。
松平頼暁作品集『トランジェント』は、冊子に記述された作曲理論を何度読んでも理解できず(理解が浅いままでも音楽は聞けて、何度か聴くうちにだんだんクセになる)

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夜はやけに舌がそよぐ 戦ぐ舌は刈れ
そんな短文を懐にしまい夜の行軍をしようじゃないか(さあ君も)

草刈を競う世界

昭和13〜19年に荒川河川敷の草地で開催された新しい競技大会《全日本草刈選手権大会》を皆さんご存知か?この耳馴染みのない草刈競技は、制限時間1時間内に刈り取った量=70点、刈取り後の美しさ=30点の満点100点で採点されるルールで、優勝者には牛1頭が贈られたという。
大会出場者を決める予選会は、本土はもとより外地(樺太や朝鮮半島)でも行われ参加者は2万人に上る。その予選を勝ち抜いた猛者80余名が決戦場(赤羽岩渕の土手)に集い、自慢の鎌をバッサバッサと薙ぎ払い、茫茫とした草を刈る様はさぞかし壮観だったろう!(優勝者の刈取り量はなんと400kg)
大会参加により体力向上、郷土愛・国民精神の作興が望め、更に非常時で不足した飼料及び肥料の増産に寄与できる草刈選手権。その真の目的は、前者ではなく後者(競技が建前の勤労奉仕、すなわちタダ働き)であることは言うまでもない。

(昨年秋、岩渕で2つの巨大水門を見て満足し、地味な〈草刈の碑〉は見ず… 次回は怖くない昼間に行って見物しよう!)

[古戦場]
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新旧の岩渕水門が一望できる河川敷
鎌を握った草刈戦士たちの戦場はここら辺か?

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赤い旧岩渕水門を渡った中之島に〈草刈の碑〉が…
(だが)日没が迫り不気味だったのでUターンしちゃった

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薄暮にそびえる現岩渕水門

びちょびちょのボロ市

「ミニツワくん用の盆栽鉢以外は絶対に買わないぞ!!」と宣誓し、世田谷ボロ市に向かった月曜日。そぼ降る冷たい雨にも負けぬ露天商のテントと、購買意欲メラメラな客たちの雨傘がぶつかり合うボロ市通りを(ゆっくり見ると余計なものを買っちゃうから)早足で過ぎ、代官屋敷(重要文化財)の向かいにある上町天祖神社に行く。例年この参道で植木市が開催されるのだが、悪天候のせいで多肉植物や好事家向けの珍しい東洋蘭の専門店はなく、庭で育てる草花や植木鉢の店がまばらにあるだけだった。

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水溜りに包囲された露店(長靴が必要)

これが噂のイイギリだ!(一枝300円)
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昨年秋、地元商店街にて変わった枯枝を持って立話する老婦人2名と遭遇した。枝にはレーズンに似た干からびた黒い実が房状に付いている。「それ何ですか?」と尋ねると、元八百屋のおばさんが「イイギリという枯れても絶対に実が落ちない不思議な木で、ボロ市で売ってるのよ。」と教えてくれた。私が「へぇ〜じゃあ受験生のお守りにピッタリですね!落ちないから」と軽口を叩くと「さすが上手いこと言うわねェ」と褒められた。受験したことないけどすんません…(受けなきゃ落ちることもない)

ミニツワくん、小さいままでも元気です!
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(どの鉢が似合うかな?小200円/丸型300円)
防寒装備が北方民族みたいな店主が「今日は似た感じの女の人が、似たような鉢を買っていくなぁ…」と言うので「ベレー帽にメガネって恰好ですかね?」と訊くと「そうではない」ときっぱり否定された。何かが似てたのだろう。

勉強もどき

終日コタツ(方丈ハウスと同サイズ四畳半部屋のテーブル炬燵)に座りっぱなしの私。
これを人は「サボってる」と言うかもしれない。さもありなん、だが怠惰な日々に見えて(実は)勉強中だということを、こちらの勉強用落書き帳で証明させていただきたい。
都立高校(定時制)も武蔵野美術学園も試験でなく面接 (質問にハイ!と元気よく答えるだけで合格)で入学した私は人一倍勉強が苦手、そのくせ学術への憧れが強いのだ。

次作のテーマ〈ユートピア〉を研究するため、世田谷中央図書館で(延長を重ね1ヶ月)借りてるユートピア関連本6冊でお勉強
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落書き帳には本を読んで気になった箇所と自分の解釈を記している。
水晶の柱や窓(ガラス建築)が登場するのが14世紀の地上楽園空想の特色で、これはドストエフスキーが大英帝国万博のクリスタルパレスを批判したことを想起させる。
階級闘争・労働の呪縛からの解放=なまけ者の国、即ちユートピアの原風景というのは社会主義を予感させるものだと思った(現時点では)

勉強の邪魔をするかわいい動物の下敷き
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ベターンとでっかい足と仲良しさんと繋いだ小ちゃいお手て…ラッコは可愛すぎる動物

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(ラッコ裏面は)受験勉強をしたことない人(私)には新鮮な年号ごろ合わせ

ペリー浦賀にくる[1853年] いやでござんす ペリーさん
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なるほどネ!
でも、あっしには関わりのねぇことにござんす

門外漢の見物(覗き見)

東京湾要塞ブーム真っ只中だった20年前。横須賀にある防衛大学校の門衛に「敷地内にある戦争遺跡を見せてください」とお願いするも当然入れてもらえなかった(が、侵入可能な草地だったので勝手に見物)。この後、浦賀ドックに行くがこっちも立入禁止で鉄の門扉に阻まれ何も見えず(向かいのマンション階段に勝手に登り見物)。
このように歓迎されない遺跡見物だったが、つい先日「住友重工から譲渡された造船ドックを新市長が観光に利用すると決定し、たまに公開してますよ」という有力情報を横須賀住民から聞いた。
ペリー市長就任のおかげで鎖国が解かれてたとは知らなんだ。行ってみようかな?

(まだ横須賀にあるかな?)
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戦艦のゴテゴテした異様な檣楼をコンクリートで単純化したカッコいい何か。

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防衛大草丘に屹立するコンクリ砦(弾道と威力を測る所)

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花立台新砲台の観測所内部から覗いた風景(草原&海)

(塀の向こうにあるはずの巨大ドック)
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レンガの段々部分がチラっと見えただけ…

畠山みどりはこう言った

入学式にお母さんが服につける野暮ったいコサージュを巨大化したようなオブジェと、クシャクシャにした銀紙で装飾された昭和っぽいステージが、懐メロの祭典『年忘れにっぽんの歌』の夢舞台だ。
『出世街道』イントロの演奏が始まり、舞台袖からトレードマークの派手な袴姿で登場した畠山みどり。中央のマイクスタンドまで歩いて行き歌唱する段取りだったが一歩間に合わず、慌てて両腕を伸ばしスタンドをぐいっと引き寄せ、最後まで歌いあげたものの敢えなくNGとなってしまった…
かくしてマイクスタンドからのスタートとなった2回目。客席からは暖かい応援の拍手が送られ、曲が終わると歌手を讃える純粋な大拍手がホールに鳴り響き、私も掌が真っ赤になるまで強く強く手を叩いた。当の本人はというと「なに?この拍手は。同情かしら…」とニヒルな態度でベテランの意気地を見せたことは先日報告したとおりである。

〈同情かしら〉発言に、「素直じゃないなぁ…でも試練を乗り越えてきた人ならではの強靭な度胸だ」と私は思った。だがしかし、大晦日のテレビに大きく映し出された畠山みどりを観て真実がわかった!
なんと、間奏が流れてる間「ありがとうございます」と小さく二度呟く声をマイクは拾っていたのだ。そして目には薄っすら光る涙が…。老いも失敗も人間の宿命である。それを毅然とした姿で引き受けた老歌手…その硬い岩盤から漏れ出ずる清らかな一滴を見てしまい、私の胸中では本番のド根性への称賛を上回るリスペクトが爆発!
『出世街道』最後の歌詞〈泣くな怒るな こらえてすてろ  明日も嵐が待ってるものを〉これを実践するかのような歌手人生。人が歌を作るのか、歌が人を作るのか…

変人哲学者の繊細で美しい(意外な)一面
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同情を否定する思想とは裏腹に、あまりにも人間的すぎた哲学者。
D.F=ディースカウ歌唱の作曲家ニーチェCDはお薦め!! やさしい雨の朝のような音楽ですよ

(ツァラトゥストラはこう言った、みたいなレコード『畠山みどりは言いました』のCD化を熱望)

お年玉をあげよう

例年どおり姪っ子にお年玉をあげると開口一番「今年は上下間違えてな〜い」と言われた。というのもお年玉袋の手描きイラストの上下を2年連続で間違えて、一昨年などは袋が逆さになって硬貨(500円玉)がこぼれ落ちないようにクリップで封をして渡したのだ。
「間違えてない」の指摘に私は一瞬「何のこと?」とピンとこず2テンポぐらい遅れて「あぁそういえば…」となった。子供の記憶力はすごい、というか私の記憶力が低下しているのか!昨年同日1/5の記事で確認してみよう!!

(昨年の1月5日付記事)
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「今年はお札だから逆さにしても大丈夫」と姪っ子から慰められ・・・
「来年こそ間違えない」と約束したことが確認された(忘れてた)

(一年前の約束は守られたか?)
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干支の兎ライダーを描いてみたよ。
(約束は忘れたが)横位置なので上下逆さま問題ゼロ
二輪を描くの初めてかも?

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四輪は頻繁に描く
これはお餅の国からの使者(切餅カー乗車)

新しい枕で悲しい初夢(不採用)

裸族の一員である私は部族の仲間と連れ立って市街地に繰り出した。裸族だから当然私も無着衣だが皆んなも一緒だから大丈夫!と思ったけど私以外の全員が定期券を持っていて、財布も何も持ってない私は自動改札機の外に置いてきぼりになってしまった!(ウエストポーチもポシェットも下げてないのにどうやって定期券を所持してたんだろ?脇の下に挟んでた、とか?)
私は電車に乗る術もなく奇異な姿で着衣文明の雑踏に取り残された。もしかして私に内緒で街場に通勤してたかもしれない仲間への猜疑心を募らせながら途方に暮れる……

…以上が正月2日に見た初夢だ。負の感情しか残らない悲しい夢で今年一年を占いたくない!私はこれを即刻却下し、二度寝して初夢に再チャレンジしたのだが、裸族の夢より恐ろしいサイコホラー悪夢だったのでこれも却下!

そして正月3日の朝。紅天女の姿をした兵庫県在住の旧友と道ですれ違う清々しい雰囲気の夢を見た。紅天女とは演劇漫画.ガラスの仮面に登場する役で紅梅の精霊だという。この新春の慶びを感じさせる夢を初夢として採用しよう!

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年忘れマイスタージンガー

宣言どおり紅白は1秒も観ず、TV東京『年忘れにっぽんの歌』とEテレ『第九演奏会』を行き来しながら過ごした大晦日。『にっぽんの歌』ではサンプラザホール2階席からでは分からなかった歌手の細かい表情や歌詞を知ることができて再び感動!前川清『そして、神戸』は歌唱力に圧倒されて歌詞の解釈が追いつかなかったが、字幕で改めて読むと胸に突き刺さる詩でゾクっとした。
神戸、泣いてどうなるのか…の諦念から〈濁り水の中に靴を投げ落とす〉〈眼についた名もない花を踏みにじる〉の絶望への転落を表現できるのは前川清ただ一人のように思え、そして歌が死と再生のクライマックス(絶唱)に至ったとき、その考えは確信へと変わる。

また一方で『第九/歓喜の歌』も、誰もが知ってるメロディーで歌われるシラー原詩の歌詞をよく読むと重たい示唆に富み、年の瀬に反省を促してくる。〈一人の友も持たない者はここを去れ!〉と独り者にツラいことを言うドイツ古典主義の厳しさと美しさのつまったこの詩も、ベートーベンという作曲家がいなければこれほど後世の人に周知されることはなかっただろう。

『そして、神戸』の世界には名歌手.前川清が必要で、シラーの詩が21世紀まで歌われるのは楽聖ベートーベンが存在したたからだ。絵を描く人間としては絵画が至高の芸術だと思いたいのだが、ニーチェがワーグナーを信奉し、音楽が究極の芸術だと述べたことに異存はなく、悔しいけど音楽は最高で演歌は最高なのだ!私には。

新宿生まれの私がお薦めする伝説の1stアルバム
『新宿の女★演歌の星/藤圭子のすべて』
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余人をもって代えがたい前川清&クールファイブ『そして、神戸』
だが、『逢わずに愛して』は藤圭子のカバーが最高!私には。