日別アーカイブ: 2015年5月5日

戦時下の形體狂

森美の「シンプルなかたち」展では、自然の模倣から派生した形体や、原始回帰的、プリミティブな簡素さを人間と親和する優美さとして提示してたけど、私はどちらかというと、水平垂直VS 対角線の内紛、革命的な装飾の排除といった背景(強度)のある喧嘩上等なシンプルさが好きなので、好き嫌いで述べてしまうと全体的に好みの「かたち」は少なかったかな。(未だに雑味が革命的と思ってるアートに食傷気味の人にとっては一服の清涼剤にはなるかと…。)
そんな「かたち」に対するこだわりを記した、太平洋戦争末期(昭和19年11月発行)の面白い本を見つけました。その名も『形体の教養』。神風特攻隊が編成され、B29による東京空襲が始るという状況下において『形体の教養』とは?!物資不足のさなかで「茶室の純化」やら「家具の機能美」などが呑気に書かれ時節とのズレ感禁じ得ないこの本が、表向き「日本出版配給株式会社」という民間の取次会社の体をとった「検閲機関」から配給されてるのだから驚きです。
簡素(シンプル)な形体が最も知的で文化的であることを大前提とし、近代産業の最先端である兵器のフォルムがいかに優れているか、必然的に質素(物不足)な状態が即ち本来の日本精神の美である。というような具合に戦時下の苦境を正当化する内容が書かれています。装飾を排した機能美、合理性の頂点としてバウハウスを提示し、これに先んじて形体の純化を完成した、簡素な日本の様式文化(建築、茶の湯、庭園、絵画など)の優秀さを示顕する。一見すると国粋的な内容なので「贅沢は敵だ」というスローガンには反さない訳です。
しかし実は、この日本文化賛美はカモフラージュで、この結論に至るまでの「形体ウンチク」と「バウハウス愛」の記述こそが著者山本隆亮の真の目的であり、その熱い気持ちが文章内で露呈してるのがこの本の面白さです。「誉めときゃ問題ないだろう」ぐらいの防空服への賛辞と、初めてマルセル・ブロイヤーのパイプ椅子に座ったときの「見た丈ではなにかあぶなげであるが、腰かけて見ると存外肌ざわりのよさと共に落ち着いたゆつたりとした感じに驚くのである。之は新しい感覚的な経験である」という驚嘆の声との落差に山本先生のバウハウス愛を感じます!
「簡素」にかこつけてセセッションからバウハウスに至る周辺を賞讃しまくる山本先生ですが、先生自身はドイツ留学などの経験のない、国民学校(小学校)の一教師に過ぎません。東京美術学校(芸大)権威との人脈と戦争末期のドサクサでこの本が出版されたのでは?そんな邪推もできますが、茶碗に盛られるべき米があるかないかの時に、茶碗の形がどうのこうの語るのも或る意味ナンセンスで愉快。あ〜私もパイプ椅子が欲しくなってきた!

2015-05-04 13.25.46
自信に満ちた明快さで形体の教養を書き記した山本隆亮先生。
そのフォルムに対する峻厳な姿勢を緩和する図版男性の柔和な姿は、読者への配慮に違いない。