ちょっと前「自殺を防ぐ」というテーマのEテレの番組で、小学校の現場から自分を大切に思える子供に教育しよう。という取り組みのレポートを見ました。
実際どんな授業なのかというと、小学中学年くらいのクラスで「今日一日で自分のよかった所」を一人ずつ発表して、それに対して担任教師が誉めまくる。というものです。この良かった所というのが「鉛筆を拾ってあげた」「××という漢字を覚えた」と本当に大したことではないのに、青二才の先生が「偉いね〜よくやった!」と語彙少なめかつ大袈裟に誉めクラス全員で拍手します。まるで自己啓発セミナーのミーティングのようで気持ち悪い。「自分は生きる価値のある人間なんだ」と自覚させるのが目的のようですが、実の伴わない上辺の評価になんの意味があるのか?大人になってから「こんなにスゴイのに誰も誉めてくれない!」って事になってかえって『生きづらさ』(ハートネットTV頻出用語)を感じるようになるんじゃないのかな〜。
この授業の上をいく、もっと気持ちの悪い学習塾が「花◯学習会」です。佐賀県のとある市が官民一体で教育改革をする方針をうちだし、民間の学習塾のノウハウを小学校に導入する、という内容のニュースではじめてこの塾の様子を見たのですが….。
愕然!超ヤバいです。小学校低学年の児童たちが矢継ぎ早に飛んで来る足し算、引き算の問題や、四文字熟語の問題を、これまた電光石火の早さで我先にと答えます。それを体育会系か役者志望みたいな元気自慢の若者数人(たぶんバイト教員)が、ホストのコールのように「イエ〜ィ正解!やったね!やったね!正解!ヒューヒュー!!!」と大声で囃したてながらハイタッチ、グータッチ、握手の一連の動作をくり返します。子供もこれに煽られて目をひんむき「やりぃー!昨日より1秒早いっ!」とトランス状態。
この塾の説明では「ゲーム感覚を取り入れ、得点する達成感をあたえて勉強が大好きな子供に育てます。」と言ってたが、これは勉強じゃなくて「条件反射教育」だよね。むしろ知性の発達を妨げるような…。いかに思考する時間幅をのばせるか、思考し続ける試練に堪えられるかが「勉強」の出来るか出来ないかの差になってくると思います。私自身、すっごく集中力がなくて勉強が出来ないので特にそう思います。「誉められる」というエサで丸覚えしたものを条件反射的に答えるのは学習であって勉強ではないです。
この「花◯学習会」のホームページを見てみたら『将来、メシが食える人を育てる』と書いてありました。な〜んだ。それなら納得!この条件反射学習で学んでおけば、居酒屋の異様な研修や、修練所まがいの企業の合宿などに違和感を覚えずに打ち込めるだろう。『メシの食える人』すなわち立派な社畜としての将来は保証済み、というわけですね!

『モンテッソーリ教具』
遊び方の定まっていないシンプルな木製の玩具で子供の創造性をのばす。そうです。
「子供が遊びや作業に没頭してる時は中断させない。」というのがモットーで自由に遊ばせます。
知的障害児の感覚教育をもとに、子供の知的水準を向上させるために考案された教育方法がモンテッソーリ教育 。じつは、私の幼稚園の教室はモンテッソーリ・メソッドの実験クラスでした。
実験結果: 時間にルーズで、後片付けが出来きず、興味のあることしかやらない、非情に頑固な人格が形成されたことをここにご報告いたします。(この教育だけのせいではないが…。)
