人間失格、虎合格。

ちょっとした痛い出来事で「山月記」のことを憶い出しました。中島敦の「山月記」といえば、高校の国語の教科書に取り上げられる定番の名作なので、授業で出会った人も少なからずいるのでは?私もその中の一人です。
あれは定時制高校4年生の時だったでしょうか、漢文が専門の若くて可愛い国語教師、マキコ先生の授業でした。昼間の労働に疲れて眠りこけてる生徒達にとっては心地よい子守唄、(騒ぐと叱られるが居眠りは許されてました)滝田栄の柔和な声の朗読が、暗闇に浮かぶ教室に響きます。虎に変貌した李徴が旧知の友、袁傪を危うく襲ってしまいそうになった瞬間に人間の意識が戻り「あぶないところだった、あぶないところだった」と薮の中から呟くそのセリフに妙にハマって、友人との間で「あぶないところだったブーム」が暫く続きました。…「山月記」は先生のお気に入りだったようで、マキちゃんの丁寧な解釈つきで教えてくれました。私はこの短い小説に甚く心を揺すぶられ、自分を主人公の李徴に置き換えて考えるまでに心酔し、この「山月記」によって美術学校へ進学する気持ちを固めました。それ程、私にとって強烈な内容だったのです。

主人公の李徴は、博学才穎の美しい高級官吏。しかし狷介孤高な人格とプライドの高さから、役人として人に仕える賤吏に甘んじるのを良しとせず、かねてよりの志であった詩人になるべく官吏の職を退職し、自ら人脈を断ち、蟄居生活のなかで詩作に耽るのである。だがそう簡単に詩人として名を揚げることもままならず、貧窮と焦燥は容貌を峭刻に変化させ、それは生活の限界を物語っていた。数年後、その挫折を抱えたまま、李徴は職場復帰せざるおえなくなるが、曾ての同僚達は出世し、自分は部下という厳しい現実が待っていた。生来、人百倍プライドの高い李徴の自尊心はズタボロに引き裂かれ、愈々ある日、出張先の宿で発狂し、暗闇の中へ絶叫しながら疾走突き進み、その姿は山へ消えて行った…。
そして。旧友袁傪との悲壮な再会と李徴の告白は展開される。李徴失踪の翌年、監察御史となった袁傪は出張先で「人喰い虎が出没するので夜道を歩かない方が良い」という忠告を一蹴し、夕刻宿を出発した一行は、件の虎と山中で遭遇してしまう。しかし虎は襲いかからんとした瞬間、身を翻し薮の中で「あぶないところだった」と人間の声で呟く。その声はまさに懐かしい李徴その人の声だった。袁傪はこの怪奇な再会に驚きつつも月光の下、懐かしい友の語る告白を叢越しにじっと耳を傾け、静かに語らうのだった。
自分が如何にして虎に変貌してしまったのか、そして獣の身となっても、人間の意識が戻る時間があり、その時に思考される自責の念、詩人の夢が己を苦しめ、さらに野獣の本能に支配されていく恐怖に苛まれる。「不条理というものは常に存在するものだ。受け止めよう。」と締念し自殺を決意したその刹那、虎の本能が牙を剥き、正気に戻ると野兎の血糊でベットリと口を濡らした自分がいる…。もはや彼には自殺すら許されない。己の生死を決定する、という人間の特権は奪われ、獣の「生の欲望」と弱肉強食の摂理に支配されていく。なんという絶望と恐怖!
李徴は自分の詩作を世に残して欲しいと、記憶の中から三十余篇の詩を取り出し、袁傪に口述筆記を依頼する。叢に朗々と響く詩の数々、だが悲しい哉、その作品は致命的に「何かが欠落し」一流の作に及ばない…と袁傪は感じるのである。芸術に至るかどうかの厳しさですね。博学才穎の李徴であっても自らの詩に「欠落」してる「何か」を補うまでに研鑽できなかったのです。それでも尚「この俺の詩が本となって、都の知識人の机の上に置かれているのを、岩窟に寝そべりながら夢みているんだよ…」と自嘲気味に吐きます。悲しい未練と執着の言葉です。そして最後の最後、やっと残して来た妻子の安否を気遣い「死んだと告げてくれ」と袁傪に伝えるのです。

私に美術学校進学を決意させたのは、李徴が何故「俗物」と交わらず排他的な態度で、孤高の制作活動の道を選んだのか?その理由を告白する場面です。李徴は詩人で大成する野望を抱きながら、秀才であるが故に、己の才能の限界を早いうちに悟っていたのです。師につかず、詩友と切磋琢磨する場を避けて来たのは、比較対象が居る事で才能の不足が暴露されてしまうから…その自己防衛の源は「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」からであると自嘲する。そして自らを孤独に追いやった事で、更に「臆病な自尊心」を飼い太らせる結果に成ってしまったと。人間は誰しも猛獣使いである、生来の人格=猛獣を如何にコントロールするか?自尊心と羞恥心の暴走を止められず、妻子、友人を切り捨てた自分に最も相応しい姿がこの「虎」であると..。
18才の私は、木版画をやりたい!と切望しながら「木版画なら独学で出来そうだし、友達も面倒くさいから学校に行かなくてもいいや〜」と自分の実力(まだやってないにのに!)を過信しておりました。詩友との切磋琢磨を回避し取続けた李徴の「孤高」と悲壮な結末。それは将来の私の姿ではないのか?まだ素直だった私は震撼しました「これではいけない」と。そして美大受験は無理だから版画科のある学校に行こうと決心したのです。
あの時は、殊勝に影響されて自分の態度を反省し軌道修正できたのに…。いつの間にか李徴のような狷介孤高な人格に回帰してしまってるような気がする。今の自分は人間失格、虎合格!もう後戻りは出来ない闇黒への疾走、絶望への逃走、没落への爆走!って走るとすぐ息切れするので、実際走れないが。それに肉食の虎も無理だわ。人間失格だけど、当分は人間でいさせてください。