Nさんと啓蟄

高尾山から吉祥寺の美術学校まで通学してた高齢同級生のNさんはとても無邪気な人でした。「人間ってね、車にはねられるとポーンって飛んじゃうのよ」と自分の起こした人身事故を楽しそうに話したり、泥だらけの柏餅や体毛の混じった大根漬けを「どうぞ召し上がれ」と平気な顔して勧めて来たりと、油断ならない天真爛漫さに不思議な魅力がありました。
自然が大好きなNさんは、山懐に構えた邸宅に住んでいて、岩石のゴロゴロした庭をハイヒールで歩いて怪我をし「ハイヒールが血溜まりになっちゃった」なんてエピソードも披露してました。そんな善悪を超越したアニミズム的な大らかさは、自然に囲まれた暮らしの中で育まれたものかもしれません。
木版画の塙先生がいらっしゃる授業の日、Nさんはクルクル巻いた大きな下絵を持ってきました。先生と生徒が見守る作業台に紙を広げると…。大きなカマドウマの死骸がポロリ!〈啓蟄〉と題されたその絵には、大小様々な地中の穴に潜んだカエルや虫などの生物たちが、冬眠から目覚める様子が描かれてました。巻紙に潜伏したカマドウマは越冬できず死んじゃったけど、Nさんの作品には春の歓喜に満ちていたと記憶しています。

(啓蟄の警察)
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