彩管報告

下北沢トーク会にご参加の皆様、2時間に及ぶ対談を御清聴くださり誠にありがとうございました。終了間際に林洋子さんが発せられた「有便堂の筆が藤田のフランスのアトリエにあった」という証言により、祖父が商っていた絵筆が海を渡り、パリ郊外に暮らす画伯の手元に届いた可能性が高くなりました。自分とはあまり縁がないと思っていた藤田嗣治と、ほんの僅かですが不思議に繋がりがあることを知り、とても感慨深いです。
トークのために事前に送っていただいた『戦時下に書く』と『旅する画家』を拝読し、私の狭かった藤田嗣治観はだいぶ広がった(ような気がします)。今更ながら昨年のへっぽこ論考〈パリの壁画、そして秋田〉の不出来が悔やまれる…。もし挽回の機会があれば、その時はもっと良い論考を書きたいです。

〈戦争画と私〉
IMG_1108のコピー
これは藤田も三点出品した『第二回大東亜戦争美術展』絵葉書集の一枚で、かわいい零戦が幻想的な小堀安雄〈イサベル島沖海戦〉という日本画。おそらくこの戦争画が制作されたであろう、世田谷区深沢の古い画室で、私は幼稚園から小学校まで絵画を学んでいたのだ。

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パリ郊外の小村・ヴィリエ=ル=バクルの古民家に暮らしてた藤田のアトリエの様子(新潮社とんぼの本『旅する画家 藤田嗣治』より)
もしかして卓上の筆立ての中に有便堂の筆があるかも?