防空必勝の誓

一、私達は「御國を守る戦士」です。命を投げ出して持場を守ります。
一、私達は必勝の信念を持つて、最後まで戦ひ抜きます。
一、私達は準備を完全にし、自信のつくまで訓練を積みます。
一、私達は命令に服従し、勝手な行動を慎みます。
一、私達は互ひに扶け合ひ、力を協せて防空に当たります。

…この文章は昭和18年版『時局防空必携』という小冊子の冒頭にかかげられた「防空必勝の誓」です。空襲のさいには逃げずに防空に努めろ。つまり命を投げ出しての消火活動が義務づけらています。「戦士」の自覚と命令への「服従」を「私達」は宣誓している、否!強要され誓わされているのです。ここでの戦士とは銃後の守りを任された中高年男性と女性達のことなのです。
『防空必携』は太平洋戦争中、昭和16年頃から内務省によって刊行、販売された防空マニュアルで、一家に一冊常備し、家族全員で熟読したあと隣組の常会で研究するように。と徹底した教育に活用されていました。
この『防空必携』を手にしたのは5年前。VOCA展に出品する「防空」をテーマにした作品を制作するために集めた資料のひとつでした。以前から非人道的な無差別攻撃「空襲」には怒りに近い関心があったのですが(03年に空襲のインスタレーション作品を制作)、その後戦時中に「民防空法」というトンデモない法律(昭和12年制定)があったことを知り「民防空」に対する興味と憎悪に火がつきました。
そして、この「防空必勝の誓」を一読して憎悪爆発です!こんな理不尽で不条理なことを命令してくる内務省とその外郭団体「大日本防空協会」ゆるせない!燃え盛る炎、降り注ぐ火の粉の火焔地獄のなか、バケツと火叩き(絶対無理)で戦えとは!しかも隣組という組織にしばられ逃げることも許されないのです。この無意味で非情な命令への服従と束縛によって、どれだけ多くの生真面目な臣民が命を落としたことか…。
わたしは怒りに任せて大量の「防空」資料を買い漁った!…防空という言葉が世を跋扈しはじめたのは、関東軍が満州で軍事活動をはじめ張作霖事件などをおこした昭和3年ころ。大阪の防空演習を皮切りに昭和8年には「関東防空大演習」という防空大イベントが催され、色々なバリエーションの絵葉書セットが発売されました。このように昭和3年から太平洋戦争末期にわたる15年以上のあいだ様々な出版物で啓蒙されつづけたので、いざ「防空関係」の資料を集めよう!と意気込めば入手は容易です。初期のガスマスク着用スタイルから更生服(着物から防空服へとリメイク)と防空頭巾へと至る変遷もかんたんに辿れます。っていうか、ガスマスクや防空頭巾の虜になってしまった。セーラー服+ガスマスクのスタイリングの毒々しさ…。憎しみを凌駕して最早LOVE !!!

こんな経緯で内務省の刊行物、雑誌、絵葉書と多くの資料が手元に残りました。そして、この大日本防空協会=内務省悪との出会いがわたしの『 内務省HATE 』の始まりだったのです。
戦前戦中の「統制」から戦後の「原子力導入」まで、内務省という官僚組織の強大な力が糸を引いています。この「防空必勝の誓」に表れた冷酷さが巨大官僚組織の性格なのです。
…東京大空襲の死者は10万人以上、本土空襲全体では50万人以上ともいわれています。はっきりと死亡人数が判明しないところが被害の甚大さを物語っているのです。
「御國を守る戦士」として、持場を死守して亡くなった人が大勢いたといわれる東京大空襲の日は3月10日です。

防空必携
「時局防空必携」昭和十八年改訂
発行者:内務省、発行所:財団法人 大日本防空協会 定価 四銭(ポケットサイズです)
必勝の誓
「防空必勝の誓」一、私達は「御國を守る戦士」です。命を投げ出して持場を守ります。

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「大日本防空戦士2670」 2009年制作 182×360cm