日別アーカイブ: 2014年7月13日

Ego&His Own

大杉栄のアバンチュール自叙伝『死灰の中から』のなかに登場する、伊藤野枝の元夫〝弊履の亭主 T ″こと辻潤。この作中ではボロ草履呼ばわりされヒドイ扱いですが、辻潤の記した「死灰の中から後日談」的エッセイ『ふもれすく』を読むと、大杉に小馬鹿にされてた辻が、実は教養とユーモアセンスにあふれた人物であることがわかります。東京っ子らしい軽妙な口調とデタラメな態度には「江戸前ノンシャラン」といった風情があります。そして関東大震災後の甘粕事件で大杉と野枝が虐殺されたことを「アマカサれた」と表現するあたり、どんだけ乾いてるんだよ?と言いたくなる程、締念の域に達しちゃってるようなドライな感覚すらあるのです。
さて、気になる辻潤が翻訳した本『唯一者とその所有』を読んだのですが、この原書を書いたシュティルナー自身、思想や主義と呼ばれるものに懐疑心をもっているせいか、読者に「思想を手中にした」と錯覚させるようなアフォリズムやスローガン的文章はありません。(否、この文章すべてがスローガンなのかも知れないが…)なので所謂、文章のツカミのようなところが少なくて、正直読みづらかったです…。力強いうえに長い!一行一行を咀嚼すればもっと収穫のある本だと思うのですが、時間がないのでザックリ斜め読みです。

この若干忍耐のいる文章を、自称スティルネリアンの辻は持ち前の軽妙さで、スティルネル愛に満ちた翻訳に仕上げました。辻潤エライ!でもってこの「唯一者とその所有」の内容はというと、唯一者、エゴイストとはなんぞや?というのがテーマで、人間の本質を上において擁護するキリスト教への批判、フォイエルバッハの哲学にたいして不備を指摘、共産主義の正体、国家に於ける自由の不自由、平等という虚像、共同体=絆の真価などなど…が痛烈に書かれています。…労働の対価には相場があるけど、唯一者のクリエイティブな仕事に相場はないんだよ。プロレタリアは取られたって叫ぶけど、そもそも何を所有してるわけ?封建制度、社会主義=ルンペン(笑)革命は組織に帰す、叛逆は無制度へ向かう!脱却、解放が「自由」なんて甘い!自由は所有だ!・・・めちゃくちゃ乱暴に要約するとこんな調子です。自己の為の自己による「自我経」←辻潤命名。人道的慈善家が眉をひそめる徹底的な自己尊重!それを利己主義と片付けるのは容易ですが、実行の面前には「唯一無二の自分」を自覚するという条件の壁が屹立しているのです。

はたしてエゴイストとは何か?…この長い文章の河を辛抱強く下っていくと河の出口、即ち大海の入り口に掲げられたこの5文字を吾々は見いだすであろう!『創造的虚無』!
創造的虚無!そして吾々はスティルネルによる結びの一文によりエゴの意味を確認する。「自分は自分の力の所有者である、それは自分自身を無二として知る時のみそうであり、唯一者に於いて、所有人彼自身は彼の創造的虚無に帰る、其処から彼が生まれて来る。自分以上の一切の本質は、それが神であれ、人間であれ、悉く自己の唯一性の感情を薄弱にする、そして、それはこの自覚の太陽の前にのみ蒼白くなる。若しも自分が唯一者たる自分自身のために自らを干与するならば、その時、自分の干与はその刹那に変わる、具体創造者の上に安住し、創造者は彼自ら消費して自分は〝万物は己にとって無だ″といい得る。」…所有者とは既に「持っている」唯一者のことである。唯一者は所有のすべてを自己に消費する。自分以外の万物は自分になんら関与しない「無」である。

自ら消費するための「財=才」が不可欠、しかも俺以外は無という心細さよ…これは自己超克 byニーチェ以上に過酷です!しかしながら、空しい響きの「虚無」が「創造的」と装飾された瞬間、虚無は充実し僅かな光明をもたらすのです。実力のすべてを使い果たすこと、YES!創造的虚無!虚☆無限大で頑張ろう〜っと。。。
(序文ではニーチェはスティルネルの良いとこ取り、とパクリ疑惑を指摘しているけど、ニーチェは優秀なサンプラーでフレーズの魔術師だからPOPにヒット飛ばしてもイイYO!NE!)

tj
辻潤著作集 6 「唯一者とその所有(自我経)」昭和45年 オリオン出版社
…表紙に原作者マックス・シュティルナーの名前はありません。これでは辻潤のオリジナルみたいですね。(ドイツ語の原書を英訳した本を辻潤が和訳。著訳書は1920年発行)
アナボル論争が盛んだった大正10年頃、アナキスト達から支持されたシュティルナー。
「国家は個人性の最大の敵」の主張に黒色青年たちは共感したのでしょうか?

シュティルナー
ピョロっとした似顔絵しか残っていないマックス・シュティルナー。
唯一者を標榜した哲学者の末路は孤独死でした。(毒虫に刺されて死亡、餓死説も)
シュティルナーを愛した辻もまた、シラミにたかられ餓死した姿で発見されたのです。
嗚呼!すべてを無に置いた孤絶論理の厳しさよ・・・!!