月別アーカイブ: 2018年12月

エンパイア.オブ.ザ.オーメン

巨大木版画『ディスリンピック2680』完成と『予感の帝国』刊行の二大事業に明け暮れた2018年は、円形ハゲ等ストレス疾患に苦しんだ1年でした。しかしそれが一過性の悪夢だったかのように穏やかな大晦日です。
構想4年のディスリンピック、画業20余年の集大成である予感の帝国は、発表及び発売して以来、新聞や雑誌等でご紹介され、英題の[Omen=予兆] が吉凶の吉の方向に傾いたのか?幸先良い兆候を見せております。先日は福住廉さんが西日本新聞 〈今年の3冊〉で、『予感の帝国』をベスト3の筆頭にあげてくださいました(ありがとうございます!)来年は図書新聞/不登校新聞/芸術新潮/共同通信社の配信にて、ディスリンピック&予感の帝国関連記事が掲載される予定です。
平素エゴイストとして神仏に帰依しない私ですが、お正月は(例外的に)初詣に行って重版祈願でもしようかな?お世話になった朝日出版社のメガヒット裸写真集『サンタフェ』にあやかりた〜い!

(大願成就2018)
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(超緊張しつつも)中村宏先生に作品集を渡せたー!
「小っちゃいのに良く頑張ってるよなぁ!」
そう。先生の仰る
とおり私は背丈も精神年齢も低く小さい。(来年も成長は見込めない)
「ちょっと頑張りすぎじゃないか?」
いいえ。先生のように画力が衰えぬまま長生きできる自信が私にはありません!(だから今のうち頑張っておかないと…) 奇跡の86歳。どうしてそんなにお若いのか??

検証☆大予言2018

気がつけば新年は目前である。今日は元日に発表した《大予言2018》を検証してみようと思う。読者諸君はこの2つの予言を覚えているかな?

予言1:『石と友達に!』
疲弊気味のソーシャルネットワークはしだいに衰退し、その代わりに想念θ波の有効性が研究され、テレパシーでの交信や物質とのコミュニケーションが可能になるであろう。

予言2:『宇宙人と友好関係に』
パイオニア精神はもう古い!宇宙への進出(=侵略)は即刻中止され宇宙は平和と瞑想の場に戻り異星人と良好な関係になるであろう。

まず予言1:『石と友達に』を検証しよう。答えはズバリ「石との関係は良好(友達になれそう)」だ。秋の中今茶会で床の間を飾った我が四次元ボーヤは、好事家から「かわいがられている石」と高い評価を得た。私の愛石行為(物質への感情移入)がモノの印象を変化させる好例となったのだ。では一方のSNS衰退とテレパシー交信の発達はどうだったか?これに関してはNOだ。個人の承認欲求はますます加熱し、ネットでの発信は不可欠なものへと定着した。私は密かに想念θ波での交信の可能性を探るべく、年間通してテレパシー実験を行った。だが未だどこからも「カザマの声が届いた」という〈受信〉の報告がないため、望みは極めて薄いと言える。(今年はまだ3日残ってる!)

予言2:『宇宙人と友好関係に』今年は残念なことに平和から遠のく動向となってしまった。6月に公表されたアメリカ大統領の宇宙軍新設指令により、ボイジャー号に前衛的レコードをのせて、異星人との交流を図るなどの努力を無に帰すかたちになった。このような好戦的な態度を見て、異星人も然るべき行動をとるであろう。もし宇宙戦争になったら、未知のエイリアンや飛行物体を相手に地球軍に勝算は無かろう。(なので私は異星軍に味方しようっと)

…来年はどんな年になるかな?皆様どうぞ良いお年をお迎えください。


(ザ・ファミリーストーン)
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今年かざまランド新加入(拾ったり買ったり)した可愛い石家族

地球の音

(いま何処を飛んでいるのか私は知らない。)41年前に太陽系外を探査するために飛ばされた無人惑星探査機ボイジャーには、地球と地球人の存在を知らせるためのレコードが搭載されているとの報告も、この『UFO異星人大百科』に書かれている。この記述によると、アルミ製ジャケットに納められた銅製レコードには、地球の環境と文明をつたえるメッセージとして多様な音声が収録されており、60カ国語での挨拶から始まり、これが終わると〈人の足音・笑い声・動物の叫び声・雨音・波音・火山の爆発音・雪崩の音〉が流れ、続いては各国の音楽…クラシックからジャズ、そして日本の尺八楽曲などが90分も録音されているのだという。
もし仮に、異星人がレコードを発見し再生できたとしよう。おそらく彼等はこの支離滅裂な音源を聴いて危険と恐怖を感じるに違いない、そしてこう感想を述べるであろう「狂っている!」と…。左様、過日終了した『予感の帝国展』特設会場にて流された私選曲CDと同様にである。


「応答せよ!」と呼び掛ける狂気のレコード
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レコードには115枚の写真や図も添えられたという。森/砂漠/高層ビル/乗り物/バリ島の踊子/太陽系の図/原子記号/人体の解剖図など、
異星人に好印象を与えるか甚だ疑問だ。

(4枚のみ)
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ナディッフ貸出CD12枚のうちクラシック音楽のみ [カザマ] シールが貼られていた。推測するに、おそらく店内に類似するCDが存在し、混同防止のため店員さんが貼ってくれたのだろう。(その他へんなアメリカ音楽とヤサグレ演歌は心配ご
無用)

聖夜の奇跡

読者諸君メリークリスマス!聖夜の宴ではお酒とご馳走を大いに楽しまれたかな?私は高野豆腐を食べて鯛の骨で出汁をとった澄まし汁を飲んだよ。
さて、諸君は34年前に起きたクリスマスの奇跡をご存知だろうか?ここにある『UFO異星人大百科』に収められたUFO事件重要記録によると、1984年12月24日の聖夜、アフリカはエチオピアの荒野上空に謎の飛行物体が突如現れたという。その赤と青の光を発する怪しい円盤は、スーダンの救援施設を目指し長い道のりを歩いていた約6000人の難民の頭上50mから食糧を大量投下し、彼らを餓死の危機から救ったのだった…。とってもいいお話だよね!この援助物資の中身は主食のトウモロコシだったというから驚き!すごく親切だネ。私も慈悲深い異星人を見習って人間たちに優しくしてみようかな?(来年は)

日本にUFOの秘密基地がある(とは本当か!?)
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ヤング・セレクション『UFO異星人大百科』
監修: UFOライブラリー館長 荒井欣一
1986年 実業之日本社

〈UFOがアフリカ難民を援助!?〉
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荷物はドサリと落ちることなく、ふんわりと着地したというのだ。

わたしはすてない

2018年も残すところあと1週間となりました。皆様あたらしい手帳やカレンダーの準備はしましたか?私は用意周到1ヶ月前に100均ショップで手帳を購入!持ち忘れることが多く(持っていてもほとんど使用せず)いつも手帳を無駄にしていたので、来年は片時も離さず所持できるようにと売場でもっとも小さい極小手帳を選びました。だがしかし(利便性が弱点に)、このミニミニ手帳は存在感が薄いが故に購入後すぐに行方不明に!(もうここにはいない)
そしてカレンダーは例年通り世田谷区配布の『ごみカレンダー』を使用!先ほど新旧カレンダーの交代を済ませたところです。一年間壁に下げられていた使用済みごみカレンダーには、赤いボールペンで予定が記入されており、手帳を常時携帯する習慣が身につかず、しかも日記をつける習慣のない私にとって、今年一年を振返ることができる唯一の記録になります。(だから捨てない)

〈わたしをすてないで〉
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例年どおり2019年版カレンダーにもエコロジー精神を啓蒙する児童画が掲載されている。無闇に物品を廃棄する風潮に異を唱えるこの絵画には、人格を持つ生活用品たちが「すてないで」と懇願する様子が描かれている。中には覆面レスラーのマスクも見られるが、このような昭和時代の遺物を捨てるのは確かに勿体無いことだ。(わたしなら捨てない)

〈かっこいい渦巻〉
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かっこいい(エル.シコデリコ)覆面が捨ててあったらもちろん拾う

年末Nightmare

私はまったく車の運転に興味がなく、というより性質的に向いてなく、むろん免許を取得していない。そんな運転経験のない私が、夢の中ではハンドルを握り長距離を運転していたのだ。何かしらの理由で目的地まで行かねばならず、初めてのゴーカートのようにおっかなびっくり公道を走行。とちゅう三軒茶屋と思しき場所で「そういえば運転できなかった!」と我に帰り恐怖でパニック!迎えに来て欲しいと母にSOSを送信するのであった。
続いては、どうしても購入しなければならないアルミ製の金だらいを雑貨店で見つけるも「大きいから帰りがけに」と後回しにしたら、数十分後には売れ切れてしまった夢。
そして次は、職人の父(知らない人)と私で、料亭などを相手に木製のオーダー家具を製作していて、巨大な竹を利用した座卓の注文を受ける。完成した細長い座卓のお披露目会に料亭の常連である食通たちが集うが、この座卓は明らかにできが悪くガタガタで、出席者全員が変な表情を浮かべている。居た堪れない空気に手のひらは冷や汗に濡れた。
それから次に見た夢は、ひょんなことから犯罪(おそらく窃盗)を犯してしまい、仲間の女の子と二人で警察の追跡を逃れるためにバスなどを乗り継ぎ逃亡する。無計画なまま海岸線にたどり着き、藪の中で見つけた空洞へと身を潜めた。「水と食料を忘れちゃったね」と女の子はうなだれ、私は「もし捕まったら〈美術家〉の肩書きで報道されるのかな?」と変な心配をしている。

(悪夢の正体)
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重要な予定は終わらせたはずなのに焦燥感だけが脳みそに残された。

名山ハガキ

もう撤去されたと思っていたナディッフ恵比寿店特設の風間グッズコーナーは、若干規模を縮めて存続してました。(日本淡水魚シリーズ〈ドジョ兵スタンプ〉も販売中)
そして同店では、年明け早々(1/5~)にお正月特別企画『描きおろし年賀状プレゼント』を実施!年始にお買物をして下さったお客様[先着?名様]限定で、複製年賀状がもらえるという。企画参加に同意した作家複数名には「ハガキに何か描きなさい」という指示が出されているはずで、私はすでに版画を提出済みです。描いたのではなく刷ったので描きおろしではない〝刷りおろし年賀状〟に!絵柄は今流行りの立山にしてみたヨ。お買物客限定(種類を選べるのかは不明)ですがお楽しみに〜。私も何か買って複製年賀状をもらおうかな?

(立山の男)
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この男は既存キャラ(ポツ・ダムー)に似ているが別人だ

(有名な山図鑑『日本名山圖會』より)
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谷文晁の立山と私の(てきとうに描いた)立山は全く似ていない
(どちらが正しいかは言うまでもない)

コワいトーチカ

富山トーチカ2基目を見つけるため、同じく南砺市内の城端という地区に向けてジムニーを走らせる。野焼きの煙、巨大な堆肥の山が発する臭気や、路上で車座になって休憩する労働者グループに行く手を阻まれながらも、カーナビ誘導で「たぶんこっちですよね」と畝った道を進入。すると路上のオジさん衆が見せた(あっちに何の用が?)という怪訝な顔の意味がわかった。その先は立ち入っても無意味なループ状奥の細道で、仕方なくターンをして再びオジさん衆の邪魔をして戻る。

地図(まっぷる)や市の観光HPで「ファミリー向け散策コース」と案内されていた監的壕周辺地域は、辿り着くと野獣出没の注意喚起のされている山林で、想像していた環境とはまるで違う…。そんな不穏な気配漂う林道のカーブに丸山監的壕は佇んでいたのだ。冷徹な薄眼でこちらを見てる!その深くえぐられた銃眼から放散される視線の冷たさに怯える私は「さっきのはかわいいトーチカで、こっちはコワいトーチカですね!」と見たままの感想を同行学芸員さんに告げるのであった。


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(かっこいい) 段々が深く刻まれた銃眼はコンクリートの堅牢な厚みを物語る。

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このようにデカい。そしてなんかコワい。

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背面にある90cm四方ほどの鉄扉の隙間から内部が見えた。
C字形のベンチがある。ここに座って銃を構えたのだろうか?

かわいいトーチカ

先月の富山視察2日目はトーチカ見物に始まった。以前の戦争遺跡遠足といえば、まず図書館の史跡研究書で目的の戦跡を探し、そこに記載された案内図と県別ロードマップを見比べて、ザックリ書かれた案内図の地形や道路に該当する場所を絞っていき、そのロードマップをコピー機で複写。それを旅のシオリにして出掛けたものでした。だが今は違う。グーグルマップに遺跡名を入力するだけで場所がアッサリと判明!しかも、今回は素敵な学芸員さんの運転するジムニーで楽ちんドライブです。
どちらかというと能登半島の付け根に近い南砺市の福光地区。GPSを頼りに「本当にこんなところにあるのか?」と疑うような長閑かな田園地帯をキョロキョロしながら車を走らせてると…。キャーッあったよ!こんな可愛いトーチカ見たことない!雲ひとつない碧天、枯草の眩い丘の上の異様に丸いコンクリート塊がみせる超現実的な光景に狂喜しました。(この後にコワイ感じのトーチカを見物)

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嘘のような青空と巨象のような監的壕

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夢みたい。でも夢じゃない。
形も大きさも素晴らしいトーチカは立野原陸軍演習場跡に在る。

夢が叶った!

いつ出るのか?そして記念展に間に合うのかと各所で心配された『予感の帝国』はギリギリ刊行され、そのナディッフ展も昨日無事に終了いたしました。今日は展示の撤収に行き、会場に置かれた芳名帳で多くのお客様にご観覧いただいたことを知りました。記帳された方もされなかった方も皆様有難うございました!

私は予てより作品集が出たら「中村宏先生に献本したい」という夢を持ち続けていたのですが、先週土曜日にその夢が(アッサリ)叶いました。折良く先生の個展最終日に伺うことができ、直に手渡ししました (ヤッター!)。我が『予感の帝国』の表紙をご覧になった先生は「ほ〜んと、笑っちゃうよナ!」と仰り実際に笑ってました(よかった〜)。私が如何に先生を尊敬しているか実証するため、新アイホン5のピカピカ画面に移動した〈入間基地壁紙〉をお見せしたところ、「どこでこの写真を?」と驚かれ「後ろの航空機が良いねェ」「マシな顔に撮れてるな」という感想をいただきました。この写真は約30年前の美術評論誌『機關15』中村宏特集で書かれた〈自筆年譜〉に添えられたアルバム写真で、ほかにも赤ちゃん先生や垂直の岩山を登る先生など貴重なお写真が多数掲載!
…帰り際せっかくなので、先生と一緒に記念撮影をしましたが、すごく緊張して変な硬直顔に…この写真はいつかまたの機会にお見せしましょう。

〈1978年、山小屋を建てる〉
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私のアイホン5同様すでに生産終了した国民車と46歳の先生
練馬から八ヶ岳山麓まで完走したワーゲンは、アウトバーン以外の悪路でも走行可能であることを実証したと言える。