リラダン伯爵とボノメ博士

この夏はドストエフスキー「悪霊」を読破しよう!と意気込んだものの、上巻しか読めませんでした。その代わり(代わりにはならないが)弘前で入手したリラダン伯爵の「トリビュラ・ボノメ」は読破できました。「悪霊」のタイトルにも引用された、悪霊の憑衣した二千の豚が暴走し溺死する。という新約聖書の一説を想起させる物語で、19世紀に興隆した新思想にうつつを抜かす一選民、ブルジョワジーの先端的に知的であろうとする振舞いや欲求の過熱は、禍々しく怪奇の色をおび、破滅的な結末を迎えます。
解説に、奇人と称された没落貴族リラダンその人の人格が反映されているのでは、と書かれているがどうだろう?トリビュラ・ボノメ博士みたいだったら相当な変人です!
冒頭にボノメ博士の人となりを紹介する短編が3本と、主題に「クレール・ルノワール」そして「トリビュラ・ボノメ博士の不可思議なる幻想」という短編で締めくくられる構成になってます。冒頭の短編「白鳥扼殺者」…実証主義者のボノメ博士が「白鳥は死に際の声が一番美しい」という説を確かめるため、極上の外套と帽子、毛皮のブーツ、鋼鉄の鉤爪という変態じみた盛装で、深夜、庭の池に忍び寄り、計画通りに白鳥の首を鉤爪で仕留め、妙なる断末魔の叫びを捕獲し、ブルジョワらしい芸術愛護者の面持ちで反芻するのであった…この人物像ですっかりハマりました。科学的実証を重視し合理的であるはずの博士がド変態。こりゃ楽しみだ、どんどんページが進みます。
ボノメ博士はヘーゲル哲学と神秘主義をちゃんぽんに傾倒するルノワール夫妻宅に逗留し、交霊会じみた討論を繰り広げます。そして、その場を牛耳れなくなって癪にさわった博士は、ルノワール氏を救済と治療と称して毒殺。未亡人となった夫人も旅先で客死。すべての非合理を否定しつつ「今際の際に目に映った映像が眼底に記録される」という奇妙な説に興味を持った博士は、ルノワール夫人の死体でそれを確認してしまうのでした。その強烈な体験から体調を崩した博士は赤ちゃんプレイで回復を試みるも、昏睡状態に陥り、そこで神様に「お前みたいのは来なくていい」と拒否されて復活する。というのが端折ったあらすじです。
この怪奇(?)小説は不思議なアイロニーに富んだ作品ですが、19世紀の新興思想をとりまく空騒ぎのような実体が、不気味に漂うモヤとなって魅了します。…次はちゃんと「悪霊」を読んで、放置してある「未來のイヴ」も読みたいです。どうしてこんなに読書が苦手なのだろう?

レッテル
室内に飾ったレッテル。夫人の死んだ眼に焼き付いた映像とはこんなだろうか?
(夫人の不貞に激怒し、南の島の蛮人となって怨霊と化したルノワール氏。海岸で掻き切った浮気相手の生首を掲げて夫人を睨みつける。という光景が…怖い!)