カテゴリー別アーカイブ: 出来事

帰り船

1968年11月27日着工の〈原子力船むつ〉には、原子力平和利用の旗手として大海原で大活躍する明るい未来が待っていたはずなのだが、1974年、太平洋上での出力上昇試験で「臨界に達した!」と歓喜に沸いたのも束の間、たったの4日で放射線漏れ事故が発生。あちこちで寄港を拒まれ海上での漂泊を余儀なくされ、この科学の子はとんだ厄介息子となってしまった。放射線漏れ事故を想定していなかったので処置をする資材が船内に無く、仕方がないからホウ酸入りオニギリを潰し団子状にして隙間を塞いだ。という安全(対策なし)神話は真実なのか?(お米のでんぷん質って凄いな!)

(むつグッズ)
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8年前、青森県むつ半島にある〈むつ科学技術館〉にて実物の原子炉室(パンフレット写真左下)を見物。多角形で継ぎ目が多すぎる形状に素人目でも「なんだか漏れそう」と思った。
むつブーム到来で購入したグッズは、むつ型文鎮&むつ型タバコ盆。どちらも昭和の遺物だ。

「帰り船:黒い座礁/白い未来」
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♫熱い涙も故国に着けば、嬉し涙とかわるだろ…
とバタヤンこと田端義夫の名曲『かえり船』が聞こえてきそうな〈原子力船むつ〉の号泣と〈海洋地球研究船みらい〉の嬉し涙!

たぶん私は雪山に登った

2年前の今日11月26日に立山黒部アルペンルートを(乗り物で)登山。長野県大野町から、路線バス→トロリーバス→ケーブルカー→ロープウェイ→トロリーバスと乗継ぎ標高約2450mの立山室堂平まで登り、路線バスで立山駅まで下山した。冬ごもり前で人影もまばらな巨大黒四ダムを見物し、苦もなく(乗り物で)登山した遠足は楽をしすぎたせいか、その記憶は室堂平に積もったフワフワの新雪のように軽くて儚い。(スマホ故障で写真も少なく) 現実味の薄いへんな思い出の一つになった。


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山岳警備隊に〈写るんです〉で撮ってもらった写真

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この4日後に運転終了した扇沢〜黒部ダムを結ぶトロリーバス。現在はパンタグラフの無い電気バスがトンネルを走ってる。一台だけ記念に残して他は廃車にしたというから、解体後に計器等の部品が大量放出されたかもしれない(私はお客さま指示プレートが欲しい)。
国内唯一のトロリーバスとなった立山黒部貫光無軌条電車線は現在も大観峰駅〜室堂駅を運行中!

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運行廃止記念のトロリーバス磁石とお土産の黒部ダム磁石

偏見の自由

仏製チョコサンドビスケットに描かれてるのは、マヌケ面で茶碗の納豆(?)を箸でかき混ぜてる男。今でもフランス人から見たJAPON人は二本の棒で食事をする奇妙な人種なのであろうか?おそらくフランスの子供は幼少よりこのお菓子に親しみ、ビスケット表面の滑稽な野蛮人の姿を見て異文化を学習するのだろう(やんなっちゃうな!)。時代錯誤な異国情緒(先入観)を検証せずに伝統的なカリカチュアとして温存し続ける風刺文化には、表現というよりむしろ偏見の自由を感じる。

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ビスケットはおいしいけど可愛くない。

理系音楽/文系音楽

松平頼暁のCD『トランジェント』を聴いて、生物物理学博士である先生の揺るぎない理論から爆誕した音楽に(少々)困惑したが、徹底した情動の排除と「科学的な法則から芸術を完成させる」という強烈な信念を感じることができた。先生の論文『DNAからの音楽メッセージ』ではDNAの塩基配列の規則性を利用した音楽に言及されており、このように生物学と物理、化学と芸術といった相反するような対象を結びつけ止揚する感性は誠に秀才的だ。だがこの芸術を正しく理解できる理系脳のDNAはどうやら私には遺伝されなかったようだ(遠い親戚とは本当なのか?)。
(それで今夜も…)前衛音楽は聴かずにヤナーチェクの『1905年10月1日』を聴いている。これは題名の日付に起きたデモで犠牲になった労働者への追悼曲で、悲壮感漂うピアノの旋律で出来事を想像することができる。また昨今中毒になってるワーグナーの前奏曲は、物語の導入から破滅的な結末を約束した美しくも恐ろしい旋律で鑑賞者をゾワゾワさせる(始まってすぐに終わりを想像して泣ける!)。理系脳でない私には物語と旋律が必要で、エモーショナルな文化が好きな私は文系音楽派だといえよう。そして、感情に訴える旋律の存在しない20.5世紀システマティズム音楽を人々の記憶に残すことは可能だろうか?と数回聞いても曲(?)を思い出すのが難しい現代音楽にいらぬ心配をしたりもするのだった。

〈トランジェント/松平頼暁作品集〉
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(1)TRNSIENT`64 (電子音楽)
(2)ANSSEMBLAGES (テープ作品)
(3)REVOLUTION (ピアノとオーケストラのための)
頼暁氏は録音にあまり興味がないので音源が少ないという。(1)(2)はNHKとの共同製作だったので記録が残っている。

抽象画ではない(これは楽譜)
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ジャケットの絵はTRNSIENT`64の楽譜。
君には理解できるか(私は説明を読んでも解らない)

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ヤナーチェクは『1905年10月1日』初演後に何か気に入らないことがあり、楽譜を川に投げ捨てたという(外来魚と楽譜は川に捨ててはいけない)。 幸いピアニストが楽譜をコピーしておいたので、私たちは現在これを聴くことができる。(ありがとうピアニスト)

自衛隊限定焼

大ケガをして自衛隊中央病院に救急搬送された友人が「コレ風間さんっぽいから」と自衛隊中央病院土産にお饅頭をくれた。ブルーインパルス・10式・ひゅうが、と陸海空の雄の写真があしらわれたパッケージの中には陸海空の焼印が捺されたお饅頭がずらり!この黒々とした文字をみて私を思い出したのだという。自分のケガで大変なのにありがとう…なんて良いお友達だろう。しばらく鑑賞したのち美味しくいただきたい。

〈守るぞニッポン饅頭〉
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『自衛隊限定焼』は自衛隊中央病院の売店で(おそらく各駐屯地及び基地でも)販売。

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お饅頭の焼印で私のことを思い出して♡

鳥のカタログ

松平頼則の作品は、フランスの現代音楽家・メシアンやブーレーズにも影響を与えたという(え〜!!すごい!!)。しかしアルバム『鳥のカタログ』を奥様と愛する小鳥たちに捧げたメシアンが、頼則の父・頼孝が大量の鳥の剥製を部屋に飾っていたと知ったらどう思うだろう(私ならヤダな)。
私の部屋には鳥の剥製はないけど、いつ買ったのか忘れた『鳥のカタログ』ならある(思い出したから聴いてみよう!!)。私のヒーヒーお祖母さんと頼則の子・松平頼暁さんのヒーお祖父さんは兄妹だという(え〜っ!!すごい!!)。でも頼暁さんの曲は聴いたことがない(こんど聴いてみよう!!)。

オリヴィエ・メシアン「鳥のカタログ」
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【カタログ登場鳥類】キバシガラス/キガシラコウライウグイス/イソヒヨドリ/カオグロヒタキ/モリフクロウ/モリヒバリ/ヨーロッパヨシキリ/ヒメコウテンシ/ヨーロッパウグイス/コシジロイソヒヨドリ/ノスリ/クロサバクヒタキ/ダイシャクシギ
これら鳥類の声を収録したアルバムではない。ピアノの鍵盤の上で小鳥が遊んでるかわいいジャケット絵のように、小鳥が勝手にピアノを鳴らしてるような音楽だ。それが2時間30分もつづく。

(最新オーディオ事情)
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1ヶ月前からプレーヤーを垂直に立てないとCD円盤が正常に回らなくなった(何故だろう?)
こんなに傾けたら…白鳥の小舟から聖杯の騎士ローエングリンが落下してしまう!

松平頼則の命日

本日10月25日は敬愛する思想家マックス・シュティルナーの誕生日でもあり、日本の現代音楽家・松平頼則が亡くなった日でもある。
十二音階技法と雅楽を融合させた作品群で有名な松平頼則(1907〜2001/享年94歳)は、鳥類研究家[鳥の子爵]を父に持ち、大量の剥製が置かれたお屋敷で幼少期を過ごしたという。父親のディレッタントが昂じて没落華族となってしまい、家柄や富の恩恵を受けることは難しくなったが、封建的な世界と距離が置けたことで、感情に訴えかける愛国主義を嫌悪し、新しい時代の人工美を愛する意識が芽生えたのかもしれない。自身の作曲に取り入れた南部民謡や雅楽も、単に郷土愛やナショナリズムの情緒的なモチーフとしてではなく、音階の一種として冷徹に分析し、セリー音楽と同列に考えて合体させるという斬新な発想は(私には難しくてわからないけど)すごいと思う。
この20世紀を丸ごと生きた芸術家は、なんと!私の遠い(すごく遠い) 親戚で、元左翼サラリーマンを家長とした我等ファミリーが、徳川家毛細血管の末端に存在するなど松平家の皆様はご存知ないはず。まして風間ランドを根城とする変な縁者の存在など皆目ご存知でないだろう。それで良い!

かざまランドの家宝(ヤフオクで入手)
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墨跡が踊る『雪は踊る』の音符は踊る!
昭和初期にはサティやドビュッシーを得意とするピアニストとして活躍。
1931年5月3日。何処かでドビュッシーを弾いた時に書いた色紙でしょうか?

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(たぶん先生はお嫌いであろう)ドイツ後期ロマン派の音楽ばかり聴いて、現代音楽を聴かなくなっちゃった。今日は命日だから頼則先生のCDを鑑賞し、偉大な仕事に思いを馳せよう!

原発のボクっ娘

コンパニオン嬢(元ヤン)が勤務してた柏崎刈羽原発のPRセンター『新潟原子力サービスホール』のパンフレットの中に、原子力関連事業のずさんさを物語るような記述を発見した!
案内係ロボットを最初のページではレディ(女子)と紹介してるが、次のページでは同一ロボットなのに「アトム君」と紹介して、一人称は「ぼく」と言っている。漫画だと初期の人物設定が回を重ねるごとに変化することがあるが(美味しんぼの登場人物たちが徐々に丸顔に変化したように)、このようにたったの1ページで性別が変わってしまったのはどういうことか?それともこのロボットは女の子なのに「ぼく」と言う可愛らしい地下アイドルのような存在か?

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たまに読むと面白い原発PR冊子

(私は原子力女子)
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「APIL(エイピル)が原子力サービス・ホールをご案内いたします。」
APILは、アトミック・パワー・インフォメーション・レディ(原子力女子広報担当)の略です。
…と明記されているが?

(2Fでは男の子)
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「2階では、ロボットのアトム君が、運転から発電までのしくみを説明してくれます。」
アトム君「ぼくの手にふれてください。」ぼくは会って握手のできるアイドルです。

ノーガード戦法

東海村原発を見学する1年前の2001年には、新潟県にある柏崎刈羽原発を見物した。ここではPRセンターの見学だけだったが、 (期待を裏切らない原子力関連施設の) 面白シーンに遭遇!コンパニオン嬢の案内で館内をまわる一団を少し離れたところから観察してると、一人の男性客がコンパニオン嬢に「原発で東海村JCOのような臨界事故が発生する恐れはないのか?」と質問をした。茶髪頭に制服の帽子を阿弥陀に被った元ヤンっぽいコンパニオン嬢の答えはこうだった「あ〜えーっと、あの事故はたまたま起きただけで、ここは大丈夫でぇす」…。質問者の顔には「この娘に何を訊いても無駄だ」という失望がありありと浮かび、それ以上つこっむことはなかった。おお!なんというノーガード戦法!両腕をダラリと下げ、無知と無恥を武器にした狂気の作戦に私は舌を巻いた。

(柏崎刈羽原発みやげ:ジグソーパズル)
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ビニ-ル袋にバラバラ状態で入ったままのピース。このパズルをいつ完成させるか?
プルト君ボールペンは[ここぞ]という場面で使用したい。

エビフライと人工頭髪

『弥生』の建設された東海村は日本屈指の原子力村である。私がその東海村を訪れたのは、今から18年前の2002年2月のことであった。1999年9月30日、2名の作業員が被曝して亡くなった東海村JCO臨界事故からまだ日の浅かった当時、原子力産業への不信感を払拭すべく東電が主催した『東海村原発見学ツアー』に私は参加した(参加費1000円)。
ツアーの集合場所は東京電力新町支店(ここは2011年3月から来客を拒み続け現在も閉鎖中)で、ここから参加者30名ほどが貸切バスに乗って東海村を目指す。バスは日本電力東海村第二発電所に到着し、降りてすぐ無作為に選ばれた参加者5名にフィルムバッジが配られ装着を求められる。それから一行は原子炉建屋を案内され、エレベーターに乗り建屋最上階〈原子炉の真上〉のフロアに立たされる。そして頭髪が不自然に大きく盛り上がった案内係の電力会社職員(おそらくカツラ)は自信のこもった猫なで声で「胸のフィルムバッジを見てくださ〜い。どうですか〜?変化してませんよね!ここは原子炉の真上ですが放射線は一切なくて安全で〜す。」と説明し、一番の見せ場が終わると建屋を出てミーティングルームに通された。
大きな部屋の正面には啓蒙ビデオを視聴させるためのモニターが設置され、綺麗に並列したテーブルの席には原発のリーフレットと幕内弁当が用意されていた。私たち参加者はお昼をご馳走になりながら、ビデオを観て先ほどのカツラ男のお話を聞かなければならない。立派なお弁当の折を開くと、巨大エビフライがドーンと入っており、バス代とお弁当代それと原発見学後のお楽しみ〈水戸偕楽園で梅観賞〉を含めた参加費がたったの1000円ではおかしい!エビの大きさが怪しすぎる…と訝しく思いつつ食べ終わると「は〜い!聞いてくださ〜い。お弁当は美味しかったですか〜?皆さんお家に帰ったらご家族に『原発は安全だったよ〜、エビフライが大きくて美味しかったよ〜』って話してあげて下さいね!」と安全神話の語り部であるカツラ男が媚びるような声で最後のお願いをして原発勉強会は終了した。
(もちろん私は)楽しいツアーのあと実家の父と母に「大きなエビフライを原発施設内で食べたよ。案内係の男性のカツラが異様に大きかったよ!」と報告したのであった。

(安全神話の伝承)
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プルサーマルQ&A
「なぜプルトニウムを使うの?余っているから?」
(危険な副産物が余ってしまうのが問題では?)