日別アーカイブ: 2014年1月17日

ブル院・小ブル二科

『文藝戰線』の評論「二科院展を観る」を要約するとこんな感じです。
「院展、二科ともに国体の一部である帝展、文展に対する反逆から発した展覧会であることは評価する。しかし、現在に至る過程で変質し、ブルジョワジー文化に堕落したことは糾弾に値する。」
「初期院展は、フェノロサ、岡倉天心の理論の具体化であり、堕落した狩野派のオポジションとしての大和絵形式と西洋美学の結合という革命をなした。…今現在は支配的地位にのぼり、内容はなく形式自体の追求に終始し、横山大観、菱田春草らの没線彩画法なるものまで現れた。」
「二科が文展に反旗をひるがえした当時は、安井曾太郎によってセザンヌ等の西洋の新興美術形式を輸入され、彼等の主張と一致し成功した。しかし、小ブルジョワジーの反抗の限界からブルジョワジーに転化し、フランス絵画の模倣も形骸化し悲惨なものになってしまった。」…いつの世も小ブル、プチブルは「まねブル」にしかなれないよね〜。
….戦線張ってるので論調も辛口です。大観、観山、曾太郎、柏亭以降に画壇のスターが現れないのは、ブルジョワの奴隷となり終せて、全体的な質は向上したけど平均化したからなんだそうです。小ブル的な反抗をやめてプロレタリア的な戦線に加わるべきだ!ふ〜ん。….結局のところ、プロレタリア以外は認めねーってこと。
岡本唐貴(白土三平のお父さんね)も評論書いてますが、これは凄まじい個人攻撃。二科展出品作家を四つのカテゴリーに分類して、「追随者」「利巧主義者」「至上主義者」「復古企画者」と罵ってます。…批評は自由ですが…岡本唐貴のプロ美の展覧会図録をみると、美術作品の質としては如何かと思います。所詮プロレタリア主張ありきです。
結論として「プロレタリア美術の任務の第一は漫画やポスターの制作であるが、次に〝一般美術″を学んで対抗することである。」だそうです。…本当は同じ土俵で戦いたいのが本音。思想の宣伝が目的だから、技術や表現がついてこないのが痛いね。(プロ美に関する本は、また紹介します。)

二科院展
二科展に論戦はった諸氏も八代亜紀と工藤静香の絵をみたら、さぞかし落胆するだろう(笑)!
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「あわれむべき破綻」と酷評された山村耕花と石井柏亭。
耕花の役者絵『ジャン・バルジャン』なんだこれ〜!ヤバい。
五姓田
耕花、柏亭と比較され「力を尽くした作品」と称された五姓田芳柳の『西南役大阪臨時病院』
エ〜?どっちも面白い絵なんですけど…。

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