カテゴリー別アーカイブ: 古本

最後のイチゴ

先日のパーティはお喋りに徹するあまり(目の前に鯛のお頭付きなど豪勢なご馳走が並んでいるのに) イチゴをたった一粒食べただけでお開きになってしまった。私はショートケーキ天辺の装飾イチゴは最後に食べる派だが、単体一粒では寂しすぎる。しかしまた、至福のときの終わりを知る最後のイチゴにも寂しさがある。
新年最初の荷として届いて以来、本棚に祀られている詩集『尾形亀之助全集』に収められた散文〈庭園設計図案(或る忘備帖)〉はまさに最後のイチゴのような存在だ。

何年間も欲しい欲しいと恋い焦がれつつ、高額書籍購入に二の足を踏んでるうちに更に価格高騰!大人気『尾形亀之助全集』の市場価格は2万円を超えてしまった。(ところが!!) 昨年末ヤフオクに100円スタートで出品されてるのを発見し(なんと!!) 6,546円で落札できた!(やったね!!)。
しかしあまりにも長い間この本に執着しすぎたため、入手したら有難味がありすぎて開くことすらできずにいる。特に全集にしか収録されていない〈庭園設計図案〉を読んだら積年の願望は成就しツマラナイ気持ちになりそう。なので未だ最後のイチゴは食べないままだ。

尾形亀之助全集 (思潮社 1970年 )
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己の感覚のみを尊重した偉大なる役立たず。
画家の才能がありながら役立たずの先鋒=詩人に転向した絶望的天才!

またとなけめ

中学時代にどうして落語カセットを聴いていたのかというと、当時は入院することが多く病室では特にすることがない(今思えば勉強すればよかったが…) ので〈エドガーAポオの怪奇小説を読みながら、ヘッドホンで志ん生の落語を聴く〉という前代未聞の新しい視聴方法を試し、ヒマを潰してたのだ。結果どちらのお話も理解することが出来ず、19世紀末の耽美的気風と江戸っ子の気風は同居できないと結論づけられた。

鴉いらへぬ「またとなけめ」
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難しいポオの詩をさらに難解にした日夏耿之介による翻訳詩集。
有名な大鴉の鳴声「ネバーモア」は「またとなけめ」と聞いたことのない言葉に訳されている。なので心乱れた絶望的な男の問いへの返答はすべて「またとなけめ」だ。(不健康からくる乱心で意味不明な読書方法をすることは「またとなけめ」と願いたい)

レクイエム

黒部川の急流を電気の魔法に変える水力発電所とダムは、下流から上流へ黒一、黒二、黒三、そして黒四と建設されていった。黒部といえば映画『黒部の太陽』の舞台、黒部ダム(黒四)が有名で、大自然の征服と日本の土木技術を世界に誇るこの巨大ダムは、敗戦国日本がプライドを取り戻す戦後復興のシンボルの一つに数えられるだろう。
この黒四の輝かしい栄光の陰に、黒三ダムの暗黒の歴史が隠れていることを知る人は少ない。斯く云う私もこの本『黒部・底方の声 黒三ダムと朝鮮人』と出会うまで全く知らない事実だった。リサーチの一環でたまたま図書館で借りた一冊だったが、ここに記された過酷な労働環境とそこに置かれた朝鮮人労働者のレポートに震撼し、これは重要な書籍だと直感した。富山県在住の三人の女性ジャーナリストによる公正な良心に基づいた緻密な調査と報告は、当事者の朝鮮の方がご存命中に直接会って記録しなければ!という焦燥感がスリリングで、厳しい内容ではあるがぐいぐいと本に引き込まれる。
…時は日中戦争勃発前夜。電力の需要はますます高まり、電源開発は国家を挙げての喫緊の課題となっていた。1936年に着工され三年後の1939年には完成せよと命じられた〈黒部川第三発電所〉の突貫工事は、詳細な地質調査や対策も練られないまま大勢の犠牲者を出した。その多くが朝鮮から来た労働者たちで、彼らは日本人が恐れた最も危険な場所で働かざるを得ない出稼ぎ労働者だったのだ。150℃を超える高熱隧道の岩盤掘削は火傷の危険が伴い、冷水を浴びながらの決死の作業。更に発破のダイナマイトが高熱で自然発火し何人も爆死した。そしてこの地獄の現場を出た地上でも悲劇は繰り返された。山腹に建てられた飯場が巨大なホウ雪崩に見舞われ、宿舎もろとも谷を越え600m先の山に叩きつけられて百人近くの労働者が谷底に散っていった。黒部川の電源開発工事の犠牲は、当時の新聞報道の見出し「発電工事の人柱」の表現そのものの惨状だったという。
…私はこの『黒部・底方の声』をヒントに〈ゲートピアNo.3〉を制作し、黒四完成で幕を閉じる〈クロベゴルト〉の栄光の陰でひっそりと歌われる鎮魂歌として飾ることに決めた。

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『黒部・底方の声 黒三ダムと朝鮮人』
内田すえの・此川純子・堀江節子:共著 1992年/桂書房
(なんと!!!!) 著者の堀江節子さんがコンクリート組曲開幕第一号のお客様としてご来場!嵐の中ものすごいサプライズ!

仕合谷のコピー
ホウ雪崩の発生した志合谷周辺の風景
実際に見てにわかに信じられない険しさ…

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〈ゲートピアNo.3〉ダムに沈む運命を免れたエジプトのアブ・シンベル神殿遺跡がモチーフ(何が描いてあるかな?展示壁面の裏側にも仕掛けがあるよ)

豚耳とマインカンプ

このまえ渋谷に向かう地下鉄車内で、豚耳丸一枚にかぶりつく中年女性の隣にウッカリ座ってしまった。鼻をつく動物っぽい臭気を気にすることなくムシャムシャと完食し、煮汁の残ったジップロップをバッグにしまうと、今度はスマホで女ボディビルダーの写真を見始めた。おそらくこの豚耳携帯食の女性も肉体改造を趣味とする人で、常に高タンパク食品を摂取しなければならないといった強迫観念に駆られているに違いない。とはいえ車内マナーにはもう少し留意していただきたいものだ。と、かく云う私も、実は過去に隣席の乗客を不愉快にさせたことがあるのだが…。

それは3年前のこと、 井の頭線車中でヒ総統の『我が闘争』を読んでいたら隣に座っていた見知らぬ青年が、急に私の前に屹立し「そんな本を読んで面白い?」と義憤に満ちた眼差しで問いかけてきたのであった。そして「ええまあ…」という私の生返事を聞いたか聞かぬか、青年はスっと踵を返し電車を降りていってしまった。
戦犯書物を読む私への苛立ちが抑えられなかったのであろう正義の青年よ(もう二度と会うこともないが) まあ続きを聞き給え。質問への答えは無論「面白い」だ。この本には政治に不可欠な〈数〉の源である大衆をいかに煽動し愚民化させるか、その手引きが記されておりその方法は、単純でわかりやすい〈たった一つの敵〉を大衆に投入してやることだと、憎悪感情を利用した戦術が明記されている。かような悪徳の書にも、昨今の怪しい風潮への警鐘に役立つという利点が少なからずはあるというものだ。
だがしかし、第三者の気分に害を与えるのは本意でないのでヒトラーの本はお家で読もう(ミミガーは沖縄料理屋かご自宅で!)

(大獨逸)
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そういえば7月に取材を受けたドイツ国営放送のオリンピック番組は放送されたのだろうか?私と私の作品映像はドイッチュラントのお茶の間に流れたのか?音沙汰なく詳細不明

擁壁クイズ

Q.『法面に不等沈下が起きたのはなぜ?』

我々は四国の山間部を通る国道を車でゆっくり走行していた。山側の急勾配法面に施工した高さ6mの逆T字形擁壁に異常がないか、目視で点検するのが我々巡視員の本日の任務である。「なあ、擁壁上部が前方に傾いてないか?」「そういえば35cmほど前に傾いて、法面のプレキャストコンクリートブロックがガタガタに乱れているぞ」この法面は2年前に工事したばかりで、いつから変状が始まったかは不明。根入れも十分、設計ミスも無いはずだ。〈擁壁が傾き、法面に不等沈下が起きたのはなぜだろう。〉

A.答えは…
『盛り土の締め固めが不足した』から

(以上、お楽しみ会には不向きなクイズ集「クイズ 土はなぜ崩れるのか」より抜粋)

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専門知識がないと設問すら理解不能のクイズが30問!

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なぜ土は崩れるのか?
(そこには必ず原因がある)

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「魅惑的なコンクリート法面の格子文様はどのように作られるのか?」
皆が知りたいその謎が冒頭カラーページで明らかに!

体錬歩行路図

最近頻出の「体錬歩行」とは私の造語ではなく、昭和17年に発行された『體錬歩行路圖』からの引用です。この〈関東地方 體錬歩行路圖 ~家族向・第一輯・平野篇〉は、東京近郊を中心とした遠足コース地図16枚が小袋に収められた携帯マップ集で、地図の裏面には利用交通機関と予算/行程/所要時間/名所案内が記されていて、これを眺めていると明日にでもお出掛けしたくなるような気分になります。しかしいくら平坦な地形を選んだ〈平野篇〉とは言え、家族連れで推奨コース16キロ(所要時間5時間)を歩くのは困難と思われ、心浮き立つ遠足のはずが魔の行軍と転ずることが危ぶまれます。

(懐かしの武蔵野)
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石神井公園〜善福寺公園〜井の頭公園を巡る〈西郊緑地帯〉は学生時代に馴染んだ土地であるが、この地図上に帝国美術学校(当時)の記載はない。統制地図なので軍事施設は意図的に消されているが、もちろん美術学校は練兵場でも軍需工場でもない。(そして地図のとおり我が学園は消えた!!)

(多種多様なコース)
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〈村山・山口池めぐり〉山口池=狭山湖には小3の時に遠足で行った。地図裏面には「狭山丘陵は先住民族の遺跡もあり」との有力情報が!先住民族とは縄文人のことである。
〈入間川〉行程のメインは霞ヶ関ゴルフ場の横断であるが、会員証を所持しない平民の私たちがこれを決行したなら、たちどころに不審者と見做され通報されること間違いなし!

推薦文(5)絵画者

〜推薦文(5)『絵画者』中村宏〜

絵画の向こうに立つ作者と、こちらで鑑賞する客者。対面する双方が転倒し連動することによって永久運動装置〈タブロー機械〉が稼働するのである。タブロー機械の創造する〈観念リアリズム〉の空間を守備する美しい呪物(物質)、雲・地形・蒸気機関車・セーラー服。地上すれすれを舐め、上空を浮遊するそれらフェティシズムの依代たちは、攻め入る隙のないフォーメーションにて(遠くから近くまで)絶対領域を死守する。
絵画者は不可侵の絶対領域にあって大人物を望まない。絵画[者]だから批評[家]と同じ地平で決闘をしない。たとえ凧のように地上に繋がれようとも、硬質な絵画者の言葉は邪魔な糸をスパっと断ち切ってしまうだろう。口上 .言説 .散文詩…そのすべては、鉱物の劈開に光るエッジのように鋭利である。

(中村先生の呪物とは違う)
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かざまランドの呪物たち (地球儀/砂漠の薔薇/アラゴナイト/fiat2000/ピラミッドサボテン/黒電話)と…
『絵画者』中村宏
美術出版社  2003年発行

(サインをしてもらったのではない)
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あらかじめサインのしてある〈サイン本〉を入手したのだ

推薦文(4)赤色エレジー

〜推薦文(4)『赤色エレジー』〜

親がつけてくれた「幸子」という昭和っぽい名前は、ハタチの頃に、呪術的な由来のある古代言語「サ・チ」の方がカッコいいと思って、漢字幸子を捨てて片仮名サチコにしました。まだ私が幸子だった子供時代に、あがた森魚の『赤色エレジー』を父親の調子っ外れな歌声で聞かされて「幸子の幸は何処にある…」の切ない歌詞から、名前とは裏腹に幸薄い幸子の運命をさとり、まだ世間を知らない幼心にも暗~いワルツの調べが重たかったです。…………
その後、だいぶ大きくなってから原作の漫画『赤色エレジー』を読み、「小梅ちゃん」の林静一が芸術漫画家だと初めて知りました。ヌーベルヴァーグのようなコマ割、詩のような言葉。そして陰影を強調し「描かずとも存在を感じさせる」あの表現!白と黒のコントラストの目映さは、白黒世界の素晴らしいお手本です。

〈現代詩手帖と赤色エレジー〉
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裸電灯 舞踏会 踊りし日々は走馬灯….この美しく儚い歌詞の作者・あがた森魚は現代詩人として高く評価されるべきだと思う。

(本当は)
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当初推薦した漫画本は、杉浦茂シュールへんてこりん傑作集『イエローマン』だったが、絶版で仕入不可能とのことで断念…。永遠に敬畏され続ける杉浦茂先生。その超現実的ナンセンス作品群の粋を集めた良書『イエローマン』をぜひ皆様に読んで頂きたかった!

〈唯一者の漫画!!!〉
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これぞ創造的虚無!概念を破壊する天才よ!
変な顔をした不明の存在が次々登場し、異次元空間に突如放り出されたりするが、変な奴も異空間もお話とは特段関係無く、というより最初からお話は重要ではない。

推薦文(3)唯一者とその所有

〜推薦文(3)『 唯一者とその所有』〜

「僕たちは生まれながらの死産児だ!」この世に生を受け人間社会に放たれたその瞬間から、既成概念という死者に囲まれた日常が始まる…ドストエフスキー著『地下室の手記』の主人公は、長い引きこもり生活のすえに、このセリフを吐き悲嘆したのであった。
自動的に敬わなければならない、国家/宗教/経済/道徳/思想などの概念は、社会生活の便宜上、人間が捏造した存在で、霧に投影されたブロッケンのようなものだ。と、この『唯一者とその所有』には書いてある。「アートは社会のブロッケンに過ぎないのではないか?」という私共の疑問と不満を解消する糸口は、〈俺以外は全て無である〉とアッサリ決め込んだ冒頭の一文と、その俺〈唯一者〉が創造の核であると述べた《創造的虚無》に見出せそうである。

〈楽天的唯物論を超克するエゴイズム!
…….支配の論理に対峙するニヒリズム!〉
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『唯一者とその所有 上/下』
マックス・シュティルナー
片岡啓治: 訳  (現代思潮社  1970年発行)

*銀座蔦屋書店に於ける〈予感の帝国フェア〉は昨日2/28をもって終了しました。わざわざ見にいらしてくださった方々、たまたま目にしたという皆様有難うございました。

推薦文(2) 慈善週間

〜推薦文(2)『慈善週間または七大元素』〜

極めて謎めいたタイトル『慈善週間または七大元素 (小説)』に魅かれて手に入れた古書は、文章を読む小説ではなく、コラージュ作品に編まれた物語を読む作品で、マックス・エルンスト《コラージュ・ロマン》シリーズの三作目でした。巧みに切り貼られた銅版画の陰影と、そこに生じる不気味なぎこちなさは、睡眠時に見る整合性に欠いた映像を想起させ、ページを繰るたびにそれは甦る。……..
七大元素〈泥・水・火・血・黒・視覚・未知〉によって構成された一週間『慈善週間』とは何だろう?理性の昼から解放された不条理の闇。ブルジョア婦人の降霊術。変な夢を見た後ろめたさ…。古雑誌と七大元素の魔術的合成は、慈善家のようなお節介さで無意識を暴露する。〈見える詩〉の断片を繋いだコラージュは、滑稽でおそろしい夢の尻尾をとらえた物語(ロマン)なのです。

『慈善週間または七大元素(小説)』
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マックス・エルンスト
巖谷國士:訳  野中ユリ:装丁
河出書房新社 (1977年発行)

火曜日 元素—火 例—竜の宮廷
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入りたまえと彼は言ったが明かりがつくと誰もノックなどしてはいなかった.
(トリスタン・ツァラ『狼が水を飲むところ』)