月別アーカイブ: 2014年11月

誰かエリゼを知らないか?

エリゼ二郎。画数少なめのヨーロピアンで素敵な名前!ちょっとそこの曲がり角までスキップしてクルッとターンしてきたくたるような、こざっぱりとしたお洒落感。この勢いでサルトル佐助、とっとこカミュ太郎と続けたいですね!ところでエリゼ二郎をご存知ですか?
…エリゼ二郎とは百瀬二郎の別名で、このエリゼは地理学者でエコロジカル・アナキストのエリゼ・ルクリュから拝借してるそうです。百瀬二郎という人は大正時代の「非行動」のアナキスト、ニヒリストで、主に思想研究と翻訳の仕事をしていた人物です。後世に名を残した数少ない功績はというと、プレハーノフの「無政府主義と社会主義」の翻訳と、マックス・シュティルナーとジョルジュ・パラントを、日本でいち早く研究し紹介したことで、当時はスティルネル学者と目されていたほどだったようです。スティルナーと言えば辻潤ですが、私が初めて百瀬二郎を知った著書『大正自由人物語』(小松隆二著)によると、訳者が有名ではない百瀬では本が売れないので、新居格や辻潤の名前を借りて翻訳本が出版されてた、とあります。どおりで名前が残らない訳だ、そんなこともあるんですね。辻潤の翻訳本「唯一者のその所有」については触れられてませんが、これは辻単独の仕事であって欲しいな…。
百瀬二郎のことはネット上でも得られる情報は乏しく、この『大正自由人物語』で収集された資料をもとに浮き上がらせた人物像を知るのみです。ここでは「世紀末のダダイスト」と小松氏に称され(ダダイストではないと思う。辻潤の自称ダダの悪影響か?)、大正時代のダメダメなリバータリアンっぷりが描かれています。早大中退、慶応に再入学するも社会主義同盟の執行役員になり、危険思想で退学処分。それが原因で親から勘当され、いざ本気で社会主義活動に没頭するのかと思いきや、趣味的にしか関わらず。その後、独自に虚無思想の輸入をし、翻訳と紹介をして注目されるも、気まぐれな性格なので本腰を入れて没頭することはなく、ただ趣味の園芸と酒に浸り、あっちの家、こっちの家と居候生活をのらりくらりと続けるばかり…。とこんな体たらくです。同じく思想家で翻訳家の大正リバータリアン、低人ディレッタントの辻潤は、60才で餓死しましたが、百瀬は長年の飲酒生活がたたってか、肝臓癌を患い57才で亡くなりました。まあ、早死にってほど早くもないが、健康長寿という穏やかさでは無いですね。
彼らは自殺ではありませんが、徹底的個人主義者のジョルジュ・パラントについて百瀬が書いた『ジョルジュ・パラントの死』(いきなり死!)という文章では、個人主義と自殺の関係に触れられています。(パラントという名前は、この文章で初めて知りました)ちょっと引用してみます。
「…自己主張に余りにも忠実な彼は、この八月の6日彼のテオリイの命ずる通りに、自殺—しかも短銃でドンと一発—と云うのだから、その真剣味には酔っぱらいといえども打たざるを得ないでないか〜〜一般的には、マックス・スチルナアの思想を以て個人主義の最高峰に上りつめたものと見られているが、彼の個人主義すらまだまだ不徹底であると詰つた唯一人の社会学者があった。それが我がジョルジュ・パラント先生である。〜〜スチルナアのフェライン・フォン・エゴイステンなるものは、徹底個人主義の立場からは全然成り立ち得ないというのが彼の主張である。〜〜然らば、われわれペシミスチック・インヂヴィジュアリストは何を為すべきか、また何を生くべきか?答えは洵に簡単である。当に自ら殺すべきであると。蓋しマアルクスのいう階級闘争があるばかりではない。スチルナアの個体闘争があるばかりでない。実にわれの各個体が不断に互に相互する感情、本能、パッションの戦場であるからだ。…」最後にシュティルナー研究者、ゲオルグ・アドラーのピストル自殺と、シュティルナー哲学を更に掘り下げ思索したパラントの自殺という同じ運命に思いを寄せて結んでます「シュティアネリズムと自殺宗、抑もその間に如何なる有機的関係が潜んでいるのであろうか?」と…。
百瀬自身はパラントの自殺について「ついに此の勇気を持ち得た!」と感想を述べてますが、シュティルナーが毒虫に噛まれて孤独死(わたし的にはこっちの方が断然イケてると思う!)というのはしょうがないとして、自殺っていうのは自身への落とし前としてどうかな〜?しかし、掘り下げれば掘り下げるほど死期が近づく個人主義!まるで恐怖新聞。「配達されても読まなきゃいいじゃん」と思っても目に飛び込んでくる恐怖新聞みたいに、魅惑的で興味をそそる虚無主義。ジョルジュ・パラント先生…名前を知ってからまだ日が浅いですが、本を探して読んでみようかな〜っと…死神なんて怖くない!

地人論
エリゼ・ルクリュは享年75才。訳者でアナキストの石川三四郎は享年80才。
この「地人論」なら穏やかな長寿が望めそう・・・
でも、やっぱりなぜか、アナキストには非命の死が似合う。

(エリゼ二郎の大学時代の趣味、それは深夜の散歩と表札泥棒!そのどうしようもない不真面目さに共感するよー!!)

俺のララバイ☆哀悼

きのう高倉健さんについて少し触れたばかりなのに、今日昼に起きて「高倉健さん逝去」の一報をテレビで知って本当に驚きました。昨年、NHKのドキュメンタリーで、健さんのストイックな健康管理(マウスピース着用の全力散歩に驚嘆!)を見て、まだ現役で映画に出続けるんだろうな〜と思っていたのに…急な訃報にただ呆然です。先きに述べましたとおり、映画のあらすじもロクすっぽ記憶出来ない私ですが、健さんの目…任侠映画の中で見せる、殺気を通り越した空虚な、何も無い空気を睨むような白い光を放つ目が大好きでした。
思えば、任侠映画にはずいぶんとお世話になりました。高校時代はテレビ東京の「2時のロードショー」を観てから登校してたので、映画館でもDVDでも観れないような70年代の変なアメリカ映画とか、任侠のシリーズものなど結構観ました。勿論ほとんど覚えてないけど!江波杏子の「女博徒」のお銀さんもよく放送されてた、かっこよかった〜。でもやっぱり藤純子のお竜さんの気高い凛とした美しさに勝るものは無い!一番印象に残っているのは「緋牡丹博徒一宿一飯」(あ、トラック野郎の鈴木規文監督ですね)のワンシーンです。賭場で出会った鶴田浩二演じる博徒・風間周太郎が、夜中に繕い物をするお竜の隣に座り「お竜さん…。お竜さんには長ドスより、お針の方が似合ってるぜ。」と語りかけ、博徒の道を諦めて普通の女に戻った方が良いと、優しい男気で諭すのですが、それに対しお竜は寂びしげな横顔を見せ沈黙で答えるのです。…この時、手に持った針に視線を落とし無言のままのお竜さん、その真白く冷たい頬のなんと美しいことか!博徒の宿命を背負った、女の悲しみと強靭な心意気が余す所無くその美貌に表されてます。
すぐに影響されやすい私は「よし!お竜が針のかわりに長ドスなら、私は長ドスがわりの彫刻刀だ!」と決め込んで、彫刻刀を懐に忍ばせた木版博徒の道を選んだという訳です。そしてこの映画で知った『一宿一飯』という言葉からも、人生(というと大袈裟ですが)の指針のようなものを得ました。ギャラリーや美術館での展示やら販売で世話になるという関係を、「草鞋を脱がせてもらっている」と置き換えて、今でも義理を果たす努力をしてる(つもり)です。…任侠映画の影響で学んだ「義理」なんてたかが知れてる、とお思いでしょうが、これといった縛りのないフワフワした渡世が美術の世界なので、自分一人の「戒め」を持つのには十分役立ってますよ。

「炭坑町だったから、喧嘩で殺られたホトケさんが道にころがってるのを、朝学校に行く途中でよく見ましたよ。」と任侠映画で喧嘩や殺しのシーンも自然に演じられた理由を、子供時代の思い出で語っていた高倉健。こういう道徳が希薄で、死の近い場所で育った俳優さんはもう居ないだろう。瞽女(ごぜ)の娘として幼少から苦労を重ね、任侠映画の世界観をみごとにカバーした藤圭子も既に鬼籍の人…闇と宿命を背負った、極北の表現者が去って行くのは寂しいかぎりです。昭和も遠くになりにけり、なんて月並みな言葉はいいたくありませんが。今夜は哀悼の意をこめて「網走番外地」藤圭子バージョン、高倉健バージョンを歌います!

侠骨
「侠骨二千年」は2000年辰年の年賀状。
「網走刑務所」この表札を来年のお正月から玄関に飾ろうかな(本気)

俺のララバイ☆

朝方まで作業してから寝る毎日なのですが、最近めっきり冷え込んで来て布団が冷たい!さ〜て寝るか、と布団に入っても、運動不足と寒さでなかなか寝付けません。なので自分で自分に子守唄を歌って寝かせつけるようにしてます。…星の流れに、唐獅子牡丹、東京流れ者、ねりかん(練馬鑑別所)ブルース、網走番外地…とひとしきりヤサグレ・ソングを歌い続けるうちに、だんだんと布団も温もり、歌うのも飽きて来ていつの間にか夢の中です。
「身から出ましたサビゆえに〜夢を見てさえ目が濁る〜恨む親でもあればいぃ〜いい、一人生きてく世が寒〜い〜♫・・うぃ〜マジ寒い!」と顔を布団に埋めながら「寒さが絶望を加速させることもあるのだろうな…」と極寒の獄中で首吊り自殺をしたワダQ(甘粕事件にたいする報復狙撃テロで殺り損なった和田久太郎)に思いを馳せたり…。寝る前の考え事は他人事が正解です。

ところで網走番外地。映画はテレビで何回か観たはずなのに全く記憶がないです。基本的にあまり映画を観ないし、観ても覚えてないタチなので不思議ではないけれども、ワンシーンも覚えてないとは!高倉健主演映画といえば「大脱獄」は珍しく映画館で観ました。17年前、今はもう跡形も無い『川崎国際』という国際とは名ばかりの、東映、日活しか上映してなさそうな、労務者の休憩所を兼ねたような映画館にて、この「大脱獄」と空手家・山下タダシ主演「ザ・カラテ2」と菅原文太主演「トラック野郎ー南国土佐を後にしてー」のカオス3本立てで観ました。でもって、やっぱり内容は鮮明に覚えてなくて、「大脱獄」は刑務所を脱走した死刑囚が寒さをしのぐため、自分の小便をビニール袋に入れてカイロ代わりにするシーンと、極寒の雪原でホワイトアウトして発狂した囚人仲間が、女物の深紅のパンティ一枚だけ着けた裸の姿で、真っ白な雪の上で死んでる所しか覚えてない。「ザ・カラテ2」は盲目の空手ファイター山下が、敵から次々と送られて来る世界の刺客達と死闘を繰り広げる、というストーリーなのですが、安アパートのベランダからアパッチ(?)の刺客が、山下に向けて弓矢をシュッと放ってくるシーンと、山下が樹木相手に蹴りの猛特訓するシュールな場面しか覚えてない。「トラック野郎」で覚えているのも、桃次郎が病床に伏せっている老人の周りで大暴れして、石川さゆりのレコードを割るシーンと、クリスマスパーティーの会場でこれまた大暴れする、悪夢みたいなファンタスティックな場面だけ!….いくら映画を観ても強烈なドギツイ場面しか印象に残らないのだから、きっと健さんの渋い演技は私の鈍い脳細胞には届かないのかも。良い作品を観てもコレでは勿体ないし申し訳ない。すみません…。
…それから「健さんの映画を観ると強くなった錯覚に陥る」という噂は本当でした。川崎国際でも後ろの席のオッサン2人のあいだで「大脱獄」後の幕間にケンカ勃発!すごいぞ健さん効果!
(トラック野郎・桃次郎のガサツな振る舞いに納得がいかなかった当時の私は次の日、勤め先の町工場で、中高年の従業員4〜5名に「トラック野郎のどこがいいんですか?」と質問してみた。そしたら異口同音に「男気と人情だよ」と答えが返ってきて、「あれが人情だって?工場の人は雑だな〜」と人情のベクトルの違いにガッカリした)

もうひとつ網走番外地の想い出。それは高校卒業してまもなく、母校の都立S町定時制高校から「在校生に贈る言葉として文集に文章を寄せて下さい」という依頼を受けて書いた文章。
「学歴なんか気にせず、今の自分が生きているその場所で頑張れ」という意味をこめて、網走番外地の『何処で、何処で死のうと俺は俺。何処で生きようと人は人。』という歌詞を引用して応援メッセージを贈ったのですが、後で考えてみると、この何処って刑務所も含まれてますよね?番外地だし。いくらヤンキーの残党や、暴走族のメンバーが潜入してる(という噂があった、グループ名は怖いので書かない)学校といっても、さすがにムショに入っても頑張れは無いよな〜。まあいいや、塀の中でもケセラセラ。その名も網走番外地。

生死
マイアミのアートフェア用の作品「スクールウォーズマン(生死)」の版木が彫れた!
番長とは、表の秩序「校則」を破壊しつつ、裏では暴力の秩序を構築する善悪の彼岸的存在。
不良でありながら人望がある。というマンガの中での性格は、秩序と無秩序を内包した、さながら太古の神(ヤ◯ウェとか?)のようでもある。

小休止!

横トリで松澤宥「人類よ消滅しよう」のかっこいい垂れ幕を見て以来、オブジェを消せ、消滅、観念芸術などの意味を自分なりに考えてみた。けど、インテリゲンチャ領域の壁に阻まれ「観念」という尖ったペン先の更に先きにあるはずの「消滅」ゼロ地点は見えてこなかった。ギャフン!
こうやって自分のキャパを越えることを考えたり、自分のヤサグレ人生の身の振り方を考えたりで、最近脳みそが疲れてる…ああ、私はバカになりたい!「知性ゆえに本気になれず」by巻上公一な足枷になるほど痛い知性は持ってないが、空手バカ一代のバカの意味でバカになりたい。疲れ知らずの本気度マックスのバカに…。

こんな時には、とびっきりの脳軟化ミュージックを聴いて、まずはリセットしてみよう。今日の3枚はコレだーーー!もう何も考えなくていいや。観念も概念も、遠い遠い22億光年先の小惑星にとんでいけ〜。(恭次郎くんのことは、今の仕事が一段落したらじっくり書こうと思う)

shw
観念芸術にお手上げ!そんな時には『GIVING UP with STOCK, HAUSEN&WALKMAM』!
学生時代に渋谷ロフトのアールヴィヴァンで背伸びして買ったシュトックハウゼン『コンタクテ』は、今の今まで通算4回ぐらいしか聴いてない(笑)セリエリズムってな〜に?
時は同じく90年代。渋谷WAVEで推しだったのが、このSTOCK, HAUSEN&WALKMAM。もうユニット名からして人を食ってるし!「GIVING UP」には破壊的サンプリング・コラージュ作品(ハウス味)全60曲がノリノリで詰め込まれてます。ストック、ハウゼン&ウォークマンのCDの隣でほぼ死んでるコンタクテ。シュトックハウゼン先生許してね。

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ミート ザ・ビートルズ…もとい『MEET THE RESIDENTS』は、レジデンツの1972年のデビューアルバム。傍若無人な落書きジャケット。最高です!(レジデンツは他にもエルヴィスやストーンズを素材にすることがありますが、あくまでも音楽史のモニュメントとしてのリスペクトです)
内容を説明するのは困難ですが、簡単に言ってしまえば「密室芸」といったところかな。ボーナストラックの「サンタドッグ」はオールディーズを引用した諧謔的なおかしさがあるけど、本題の「MEET THE…」はジャケットのビートルズとは全く無関係な内容で、ただ単に思いつき演奏の連続を録音しているような…これをデビュー作にしようと思ったレジデンツの高度すぎる?感覚にあらためてビックリです。

mtr2
「よお、お前だけヒトデだな!」とジョージ・クローフィッシュに肩をたたかれるリンゴ・スターフィッシュ…。裏ジャケのザリガニ・ビートルズ。何故ザリガニなのか?

R
超脱力系のRENALDO&THE LOAFのアルバムのなかでも、1979年制作のカセットテープがオリジナル「Struve&Sneff」はとびっきりの脱力感がある。英語がわからないから余計にだけど、意味不明で手懸かりのないブヨブヨした感じに中毒性があります。

R&L
彼らが「RENALDO&THE LOAF」のBrian PooleとDave Janssen。
イギリス出身の二人組でレジデンツの設立したラルフ・レコードに所属。
何かやってくれそうなヤバい雰囲気!!!!

 

赤と黒雑考(その1)

詩とは?詩人とは?我々は過去の一切の概念を放棄して、大胆に断言する!『詩とは爆弾である!詩人とは牢獄の固き壁と扉とに爆弾を投ずる黒き犯人である!』…同人誌『赤と黒』は大正12年(1923年)元日に、この過激な宣言文で表紙を飾り創刊されました。
萩原恭次郎、岡本潤、川崎長太郎、壺井繁治ら4人の若き詩人たちによって、古い文壇と売文渡世にクサビを穿てとばかりに同人が結成され、当時、アナキスト連中の気前の良い旦那(パトロン)だった有島武郎に無心して得たお金と版画を元手に発行されたそうです。…突然自宅を訪れて「詩の雑誌を作るので援助して下さい!」と厚かましく要求する若者たちに、ポンと現金50円とバーナード・リーチの銅版画(柳宗悦あての紹介書つき。白樺人脈!)を提供してあげる有島武郎って、本当に育ちが良くていい人だったんだな〜と実感するエピソードですね。大杉栄の「日本脱出」渡航資金も工面してあげたし。有島本人はプロテスタント教義から白樺派の人道、理想主義とマジメな路線で成功した文学者でしたが、ブルジョア絶対悪という階級闘争のなかで「大地主でブル出身の自分はどうしたら良いのか?」という焦りがあったのかもしれません…持たざる者、無産者が正義という価値観が蔓延し、この善意の文学者の心は大きく揺れたことでしょう。あからさまに無心されても快くアナキスト達にお金を提供することは、生まれながらの有産者という業から少しでも離れたいという気持ちの一端だったような気がします。
そんな経緯で、めでたく世に放たれた「赤と黒」。この「赤と黒」というタイトルを文字通りに解釈すると赤=ボルシェビキ、プロレタリアと黒=アナルコ、サンジカリズムということになりますが、この同人誌の傾向は赤色でも黒色なく、当時激化していたアナ・ボルの対立でもありません。冒頭で自らを「黒き犯人」と名乗っておきながら、最終的には「どの主義にも染まらない」という強い意志に帰結するのです。創刊号の第一輯から実質的な最終号の第四輯までのあいだに、若者らしい葛藤が垣間見えてとても面白い!たったの五ヶ月の短い間に四輯発行され、関東大震災を挟んで発行されたペラペラの「号外」を最後に終わってしまった雑誌ではありますが、その瞬間的な青春キラキラに羨ましさすら感じます。次回は大好きな萩原恭次郎を中心に、その変遷を辿りたいとおもいます。

赤と黒1
近代文芸復刻叢刊『赤と黒』 昭和38年発行(冬至書房)
…本当は『マヴォ』の復刻版が欲しかったのだけれども16万円(!)もしたので諦めて、こちらで妥協。石神井書林さんで4千円ぐらいだったかな?届いた時にはあまりにも薄っぺらだったので少しガッカリしたが、この薄さに凝縮された、階級闘争の波に抗う文系男子のドキュメントに触れて感動〜。妥協での出会いだったけど購入して良かった!

赤と黒2
第二輯から四輯と号外
「次回予告・階級藝術抹殺號」とは!何とも勇ましいです。

南天堂
大震災直後に「皆に和んで欲しい」というお節介でレコードを回して、ご近所からひんしゅくを買ったほど、レコード大好きなDJ 虎王麿(とらおうまろ)が経営する、シュギシャ諸氏や先鋭文化人の集うイカシた古書店&カフェ「南天堂」。今でもこんな素敵な店があればいいのにな。
この寺島珠雄さんの記した「南天堂」の記録は大変参考になります。

ギザ10の夢をみた

ギザ10の夢をみた。(ジョナサン・ボロフスキー風に)
ギザ10の夢を見るのはこれで4回目ぐらいかな?どうして何度もギザ10の夢を見るかというと、ギザ10が好きだからに他ならならないのだが。では手元にギザ10があるのかというと無い。10円玉の釣り銭に混じっていると「やった〜ラッキー!」と胸を弾ませ、そそくさと家の「ギザ10小瓶」に入れて貯めておいたのだがソレが無い。見つからない。
…今日みた夢。行ったことのない健康ランドのコインロッカーの両替機から、ザラザラと大量のギザ10が出て来て、愛用のシルバーの長財布の小銭入れがギザ満杯に!わ〜凄い、こんな事ってあるんだ!と大喜びで確認すると、なぜか10円玉は銅貨でなくって陶器製のコイン・・・。でもちゃんと側面には竹串かなんかでギザギザが刻んであるし、きっと珍しいお金に違いない。うやむやな確信で自分を納得させたところで目が覚めた。
ギザ10はどこへ消えたのだろう?大切に集めて、意識するばかりにゴッソリまとめて無くなって…。一瞬の所有はただの夢の切れハシ。掴んだ指をするりと抜けてくうたかたの夢である。

ギザ