月別アーカイブ: 2014年10月

皆殺しのばあんか

ず〜っと前に描いて寝かせておいた落書きをヒントに、新キャラクターを描いてみました。名前は「スクールウォーズマン」見てのとおり番長です。どうして番長かというと、15年ほど前に山松ゆうきちの「2年D組シリーズ」というマンガにはまって、自分も無性に番長が描きたくなったから、ただそれだけです。めったにマンガを読まないので蔵書も少ないのですが、何故かこういう「極北」な作品が手元にあります。
山松ゆうきちのマンガは「救いがない」という点で極北です!代表作「2年D組」は花澤高校の番長上杉治を中心に描き出された、富と貧困、性と暴力が炸裂の青春学園コメディーです。朴訥としたタッチの絵柄と乾いた笑いがクセになります。この作品が描かれた70年代は「青春残酷モノ」がブームになって、色々な漫画家が青春の残酷を作品にしましたが、エゲつなさと笑いが同居している山松作品は群を抜いていると思います。(2年D組、花澤高校が舞台なので「熱笑!花沢高校」の作者どおくまんと山松は同一人物だと勘違いしてました。リスペクトでしょうか?)
「2年D組シリーズ がんばれ番長」は表題作のほかに、短編が3本挿入されてます。いずれも超弩級に救いのない内容なのですが、久しぶりに読んでみて、この『皆殺しのばあんか』に強烈な読後感をもよおしました。ラストのページの一コマに戦慄!山松ゆうきち…やはり極北の漫画家です。

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「スクールウォーズマン」詰め襟がフェイスガードに進化してます。

番長
「2年D組シリーズ がんばれ番長」朝日ソノラマ/Sun comics(1977年頃?)

皆殺
短編「皆殺しのばあんか」…殺る気マンマン

皆殺2
極貧の母子家庭(親父は服役中)で育った中学3年生の美夫は、左目と足に障害をもちながら、新聞配達のバイトで家計を助けている。そんな美夫の唯一の楽しみは、配達中に、庭で犬と戯れる金持ちの娘を塀越しにのぞくこと。そして毎週日曜日には、パパとデパートでショッピングする娘をストーキング。その贅沢三昧の買い物の後を「かっくん、かっくん」と足を引きずりながら付いて廻るのだった。

皆殺3
娘の愛犬を誘拐して可愛がる美夫。しかし裕福な環境で飼われてた犬は、小遣いをはたいて買った肉に見向きもせず…。そして「さぞ動揺してるだろう」と悲しむ娘の表情を期待し、デパートに赴くと、娘の胸にはパパから買ってもらった新しい犬が!…あんなに可愛がっていたのに!?美しい娘の裏切りにぶちキレた美夫は、殺人罪で獄中にいるヤクザの親父が残していった長ドス(宝物)で、吊るした犬を滅多刺し!

皆殺4
そして戦慄の一コマ!

美夫「100万円の犬の肉だよ」
母 「肉代は助かるし 高い犬だけあって  うまいねぇ」

・・・殴られたりドスで脅したりの母子を繋ぐ「貧しさ」の連帯とその団欒。
世間からバカにされ「金持ち=美」という幻想からも裏切られた美夫は「皆殺し」を誓う…

拾うカミサマ逝去

どこか「神世」を感じさせる骨格に、エッジィな顔筋が肉付けされた都会的風貌。その表情には、土の中から掘り出されたばっかりの土器のような、眩しさと風格がありました。生前一度もお目にかかること叶わず、昨日あの世へと旅立たれてしまった赤瀬川原平さん。思えば、作品より一番先きに好きになったのは赤瀬川さんの「顔」だったのかも知れない。本当にステキでした!

「日本美術応援団」赤瀬川さんの相棒で団長の山下裕二先生から、重篤な状態で意思疎通もできない。ということを伺っていて、なんとなく予期していたものの、千葉市美術館の回顧展を直前に亡くなられてしまうとは…。本当に残念な気持ちです。そして、この展覧会にあわせての刊行を準備していた「別冊文藝 赤瀬川原平」も明日発行の予定です。しょうもない文章を執筆してしまい恥じ入るばかりですが、一度もお会いすることが出来なかった赤瀬川さんと、こんな形でも最後に関わることができて大変誇りに思っております。
欲を言えば、昨年森美での「六本木クロッシング」で、同じ会場で展示した作品を見て頂きたかったな〜。赤瀬川さんの「眼力」で何処かからご高覧下さっていることを願うばかりです。
超芸術でアートを超越した赤瀬川さんにとって、理屈を捏ねくりまわしたような「アート」なんてもう魅力のないものかも知れませんが、あの「面白さ」に特化し、厳しい基準をもって観察し続けた姿勢に最大級の敬意を払い、あの世の赤瀬川さんに「面白いね。」と言ってもらえるように「脱アート」で私もがんばる所存であります!

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赤瀬川さんが今和次郎、吉田謙吉の『モデルノロヂオ 考現学』と出会ったのも古書展です!
この度、ノット・アベイラブルな組合機関誌『南部支部報』に「五反田の展覧会の未来を担う若いお客さんのエッセイ」を書き下ろしました。「何が私をこうさせたか?(五反田ランデヴー編)」は若いインテリゲンチャ諸君に古書蒐集を勧めるロマンチック・アジテーションです。

粗末な美本

買った本屋さんも経緯もとうの昔に忘れてしまいましたが、本棚の片隅に追いやったり、気まぐれに引張り出したりしながら20年来親しんでいる本があります。昭和23年発行の「萩原朔太郎 遺稿詩集」という見た目がとっても貧相な本です。表紙はビニールカバーが被せられ、どうにか体裁を保っているのものの、見返しの効き紙といえば、まるで象のウンチで作ったような紙で、草の繊維がやたらと目立ちます。本文の紙も白、赤、黄、水色の細かい紙片が所々に散った、藁半紙やザラ紙よりもっと質が悪い紙なのです。「なんかボロいけど、朔太郎サマの詩が素敵だから気にしないわ♡」ってな感じで、この粗末さの背景を想像するまでには及びませんでした。

最近、この詩集と同じ頃に発行された2冊の詩集を手にして、やっと敗戦後の物資不足のなかで作られた本だという事に気がつきました。これらの本の共通点は、無漂白の紙に必要最低限の量のインクで刷られている点で、敗戦から2〜3年たっても紙やインクの不足が解消されていないのが、これらの本を見ると一目瞭然です。「堀口大學訳・惡の華詩抄」と「日夏耿之介訳・ポオ秀詞」二冊とも昭和22年の発行で、朔太郎遺稿詩集に負けず劣らずの紙質の悪さです。特に「惡の華」は三分の二がゴワゴワしたゴミだらけの紙、三分の一が薄くて頼りない変色著しい紙に印刷されていて、たった一冊の本の紙すら統一できぬほどの不足が手触りから感じられます。
この二冊とも五反田の南部古書会館で、コンディションは悪いけど雰囲気の良い本だな〜という直感だけで購入しました。なので装幀の作者とか気にしないでいたのですが、家でゆっくり眺めてビックリ。なんと「惡の華」は芹沢銈介、「ポオ」は岡鹿之助の手による装幀でした。ボードレールと民藝の芹沢銈介、E.A=ポーと岡鹿之助…とっても意外性のある取り合わせですが、なんという調和の妙なのでしょう!これは絶妙。粗末な紙に必要最低限のインクで刷られた(孔版か?)その表紙は、未晒の和紙に刷られた一葉の版画のような趣きさえあります。これは想像ですが「先生、インク不足で色数も面積も制限があるのですが、お引き受け願いますか?」という出版社の依頼に「よし。私にまかせろ!」と一流の筆をふるった一流の作家魂があったのではないでしょうか…?
内容も表紙とたがわず、とても格調高い訳詩です。…え〜っと格調が高すぎるとも言えます。大學先生のクラシック美な訳詩は、文庫本などで少しは馴染みがありますが、初めて読む日夏耿之介の文体は、ポーの「唐草ゴブランの独自性」に輪をかけていてちょっと難解です。蔓草更に絡まり複雑に綴られし…なゴシック感。粗末な紙の上に乱舞する絢爛たる言の葉、それは「ゴスィック・ローマン」の美学は体裁の貧しさに勝利する!そんな日夏の挑戦的態度とも受け取れます。
戦争で傷ついた心を癒そう、励ましあおう。なんて安っちいヒューマニズムなど微塵も持ち合わせない、ぶっちぎり上流文化人の心意気!貴重な紙だからこそ、最上質の文学に捧げなければ…というのはもっともですよね。今だったら相田みつをチックな応援ポエムに消費されそうだけど。

以下、日夏耿之介による「しりへかき(あとがき)」より抜粋。『….紙インキ乏しき大異常の世に、數こそ尠き限本といへど、世に故らがましく問はむら如何やと、人の思惑世の聞えの程深く考へられしなれど、又次の代の情景を空想の遠目金もて手まさぐるに、物各其時其処こそあれ、國の為人の為面伏せながら些か肯かるる妙なるふしの別になき非ず。かくて梓に上せぬる物畏ぢの心構えよ。』…う〜ん難しい。たぶんですが「出版部数が少なく、今の評価は定かではないが、将来の恵まれた時代であっても、国家のためとか、人のためとかに媚びるような文体であってはいけない。そんな覚悟で出版しました。」という意味でしょうか?とにかく気概はビシビシ伝わります。

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「萩原朔太郎詩集5 遺稿詩集」小学館(昭和23年10月10日再版)定価100円
装幀:恩地孝四郎
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買った当時の思い入れたっぷりに乙女ちっくカスタマされてます。
ビニールカバーに挟まれたクローバーの押し花と朔様のポートレート。
(ブロマイドはワタリウム美術館のパスポートチケット。19年前の…そんな昔かぁ)

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繊維だらけの紙の見返しも切り紙でカスタマイズ。Sは朔太郎のS。
研澄まされた扉のデザインはさすが恩地!美しい水色のインクで刷られたピーナッツみたいな場所を指で撫でるとあら不思議!ひんやりしっとりした水色の感触です。インクの油分のせいかな?

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ページを繰っていると急に薄い紙になったりします。「決闘」は穴だらけ。虫食いでは無い。

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「惡の華詩抄 堀口大學訳」操書房(昭和22年7月30日発行)定価50円
装幀:芹沢銈介
未晒の地に踊る朱と墨。溌剌とした筆の運びに民藝の力強さを感じます。
装飾的な書体でボードレールの放埒さや耽美性を表現しているところがスゴイ。

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色のツブツブが混じった紙。ジューC のヨーグルト味(キャンディーチップ入り)を思い出す。

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「ポオ秀詞 日夏耿之介訳」洗心書林(昭和22年10月10日発行)定価80円
装幀:岡鹿之助
エメラルドグリーンの金蛇が妖しく美しい!そして細くシェイプされた文字の上品さ。
金蛇の目だけに使用された黒インクが、制限があるがゆえに発揮された「極上」の光を放っています。なんという贅沢!
「しりへかき」によると出版の15年前からポーの代表作『大鴉』の研究をしていたというのですから、戦争の最中もずっと呪われしリフレイン「Never more」を頭に巡らせていたのですね…時節に流されぬ高潔さが素晴らしい。忘却の彼方に捨てた小石をその嘴は拾って来る…その呪いの言葉はネバーモア!日夏耿之介の翻訳は『またとなけめ。』過去は取り戻せず、悔恨の捨て場は無い。またとなけめ!またとなけめ!

 

人間失格、虎合格。

ちょっとした痛い出来事で「山月記」のことを憶い出しました。中島敦の「山月記」といえば、高校の国語の教科書に取り上げられる定番の名作なので、授業で出会った人も少なからずいるのでは?私もその中の一人です。
あれは定時制高校4年生の時だったでしょうか、漢文が専門の若くて可愛い国語教師、マキコ先生の授業でした。昼間の労働に疲れて眠りこけてる生徒達にとっては心地よい子守唄、(騒ぐと叱られるが居眠りは許されてました)滝田栄の柔和な声の朗読が、暗闇に浮かぶ教室に響きます。虎に変貌した李徴が旧知の友、袁傪を危うく襲ってしまいそうになった瞬間に人間の意識が戻り「あぶないところだった、あぶないところだった」と薮の中から呟くそのセリフに妙にハマって、友人との間で「あぶないところだったブーム」が暫く続きました。…「山月記」は先生のお気に入りだったようで、マキちゃんの丁寧な解釈つきで教えてくれました。私はこの短い小説に甚く心を揺すぶられ、自分を主人公の李徴に置き換えて考えるまでに心酔し、この「山月記」によって美術学校へ進学する気持ちを固めました。それ程、私にとって強烈な内容だったのです。

主人公の李徴は、博学才穎の美しい高級官吏。しかし狷介孤高な人格とプライドの高さから、役人として人に仕える賤吏に甘んじるのを良しとせず、かねてよりの志であった詩人になるべく官吏の職を退職し、自ら人脈を断ち、蟄居生活のなかで詩作に耽るのである。だがそう簡単に詩人として名を揚げることもままならず、貧窮と焦燥は容貌を峭刻に変化させ、それは生活の限界を物語っていた。数年後、その挫折を抱えたまま、李徴は職場復帰せざるおえなくなるが、曾ての同僚達は出世し、自分は部下という厳しい現実が待っていた。生来、人百倍プライドの高い李徴の自尊心はズタボロに引き裂かれ、愈々ある日、出張先の宿で発狂し、暗闇の中へ絶叫しながら疾走突き進み、その姿は山へ消えて行った…。
そして。旧友袁傪との悲壮な再会と李徴の告白は展開される。李徴失踪の翌年、監察御史となった袁傪は出張先で「人喰い虎が出没するので夜道を歩かない方が良い」という忠告を一蹴し、夕刻宿を出発した一行は、件の虎と山中で遭遇してしまう。しかし虎は襲いかからんとした瞬間、身を翻し薮の中で「あぶないところだった」と人間の声で呟く。その声はまさに懐かしい李徴その人の声だった。袁傪はこの怪奇な再会に驚きつつも月光の下、懐かしい友の語る告白を叢越しにじっと耳を傾け、静かに語らうのだった。
自分が如何にして虎に変貌してしまったのか、そして獣の身となっても、人間の意識が戻る時間があり、その時に思考される自責の念、詩人の夢が己を苦しめ、さらに野獣の本能に支配されていく恐怖に苛まれる。「不条理というものは常に存在するものだ。受け止めよう。」と締念し自殺を決意したその刹那、虎の本能が牙を剥き、正気に戻ると野兎の血糊でベットリと口を濡らした自分がいる…。もはや彼には自殺すら許されない。己の生死を決定する、という人間の特権は奪われ、獣の「生の欲望」と弱肉強食の摂理に支配されていく。なんという絶望と恐怖!
李徴は自分の詩作を世に残して欲しいと、記憶の中から三十余篇の詩を取り出し、袁傪に口述筆記を依頼する。叢に朗々と響く詩の数々、だが悲しい哉、その作品は致命的に「何かが欠落し」一流の作に及ばない…と袁傪は感じるのである。芸術に至るかどうかの厳しさですね。博学才穎の李徴であっても自らの詩に「欠落」してる「何か」を補うまでに研鑽できなかったのです。それでも尚「この俺の詩が本となって、都の知識人の机の上に置かれているのを、岩窟に寝そべりながら夢みているんだよ…」と自嘲気味に吐きます。悲しい未練と執着の言葉です。そして最後の最後、やっと残して来た妻子の安否を気遣い「死んだと告げてくれ」と袁傪に伝えるのです。

私に美術学校進学を決意させたのは、李徴が何故「俗物」と交わらず排他的な態度で、孤高の制作活動の道を選んだのか?その理由を告白する場面です。李徴は詩人で大成する野望を抱きながら、秀才であるが故に、己の才能の限界を早いうちに悟っていたのです。師につかず、詩友と切磋琢磨する場を避けて来たのは、比較対象が居る事で才能の不足が暴露されてしまうから…その自己防衛の源は「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」からであると自嘲する。そして自らを孤独に追いやった事で、更に「臆病な自尊心」を飼い太らせる結果に成ってしまったと。人間は誰しも猛獣使いである、生来の人格=猛獣を如何にコントロールするか?自尊心と羞恥心の暴走を止められず、妻子、友人を切り捨てた自分に最も相応しい姿がこの「虎」であると..。
18才の私は、木版画をやりたい!と切望しながら「木版画なら独学で出来そうだし、友達も面倒くさいから学校に行かなくてもいいや〜」と自分の実力(まだやってないにのに!)を過信しておりました。詩友との切磋琢磨を回避し取続けた李徴の「孤高」と悲壮な結末。それは将来の私の姿ではないのか?まだ素直だった私は震撼しました「これではいけない」と。そして美大受験は無理だから版画科のある学校に行こうと決心したのです。
あの時は、殊勝に影響されて自分の態度を反省し軌道修正できたのに…。いつの間にか李徴のような狷介孤高な人格に回帰してしまってるような気がする。今の自分は人間失格、虎合格!もう後戻りは出来ない闇黒への疾走、絶望への逃走、没落への爆走!って走るとすぐ息切れするので、実際走れないが。それに肉食の虎も無理だわ。人間失格だけど、当分は人間でいさせてください。

燻されて、秋。

くさい!くさい、焦げくさ〜い!ここ十日間余り、居間に漂う謎の「薫製臭」に悩まされてます。どんな臭いかというと、桜のチップで薫製を作ってるときの匂い、イブリガッコの匂い、まさに木の焦げる不穏な臭気なのです。一階の居間から二階まで届くほどのキツイ臭い、これはヤバいです。何てたって、この築60年の我が家の建築資材は約95%以上が可燃物!燃えなさそうなモノと言えば瓦と窓ガラスぐらい、サッシまで木製です。もしも「火」が出たら…押し入れに仕舞われた版画作品ごとファイヤー!私もろとも燃焼DEATH。あ〜火事では死にたくない、そんな傍迷惑で始末の悪い最期は嫌だ〜。ということで、発生原因を探るべく、一番怪しいコンセント周辺を毎日クンクン嗅ぎ続け(ド近眼を補っている嗅覚は鋭い)、二番目に怪しい堀ゴタツの中も大掃除して確認(塵埃のなかでワラジムシが集会してた)いろいろ疑ってみたが、さっぱり不明。出火の不安に苛まれる日々でしたが、一昨日、やっと臭いの発生元が判明しました!灯台下暗し…何と毎日使っている、このノートブックPCを置いているコタツの天板が焦げ臭かったのです!ギャフン。
そして、もっと恐ろしい事にそのコゲ臭の原因がこのPC!知らない間に冷却ファンが故障していて、あっつあつにヒートアップ!この過熱した温度で、じっくり燻されていたという訳です。そういえば、打った文章がピューっと消えてしまったりと様子が変だった..。ファンの交換だけで一万円かかるそうなので、いっそ買い替えるか〜痛いです。今の所、ケーキ屋さんでくれる保冷剤を並べた上にPC乗っけて凌いでますが…突然パソコン君が逝ってしまったらどうしよう。これまた不安。(ブログが休止状態になったら、そういうことです。)
天板の薫製臭は取れず、おまじない程度にファブリーズを吹きかけて裏っ返して使ってます。濡れタオルを振り回して部屋の消臭を試みたり…徐々にですが臭いは半減している、気がします!しかし、PCの故障でこんな顛末になるとは〜トホホ。情けないけど笑える。

ヤモさん
急に寒くなってきた。ヤモリ達も腹ごしらえに必死です。

 

西へ

今日は西へ・・・。西部古書会館に初の遠征です!東京古書組合は、神田の東京古書会館を中心に、南に五反田・南部古書会館。西に高円寺・西部古書会館と、南と西に支部したがえるトライアングルで成り立っております。いつも私がお世話になっているのは南部古書会館です。先日は、この古本セクトの「南部支部報」という渋い会報誌に寄稿文を書きました。こうなると私も愈々本格的に南部支部細胞となりつつあるな〜とおこがましくも自負しているのであります。
となれば、もう一つの支部、西部古書会館を偵察しなければなるまい!と本日は古書展「杉並書友会」を偵察すべく遠征した次第です。無人島プロダクションが高円寺にあったころは、ここら辺によく来てたので直ぐ分かる思いきや見つからず。スーパーマーケットのバックヤードと勘違いして通り過ぎた場所がそうでした!倉庫か搬入口にしか見えなかった、ゴメン。
南部と同じく、一階ガレージで格安コーナーが設置されているのですが、とても綺麗に整理され陳列してあります。思いっきり道路にはみ出しまくった南部のカオス状態とはまた違った「本ピッチリ」の気持ちいい光景です。整頓された本達ですが、その見栄えとたがって超安い!前から気になっていた戦前の受験雑誌が100円〜150円だったので5冊購入しました〜。ガレージを数段上がったフロアがメイン会場です。こちらも割と整然としてました。10店前後の本屋さんが参加しているようですが、南部みたいな趣味と傾向がはっきりした品揃えではなく、書店本棚ごとの個性は弱い…正直ちょっと淡白で物足りない感じ。っていうか南部が濃過ぎ!古書展全般よりも「これを読んでくれ」という主張ある本棚が好き…だったのかぁと今更気づく。なのでテンション低めでしたが8冊も収穫があったし満足です!(杉並書友会のシルバー率高し。会議机をぐるっと囲んだ老店主たちが、ず〜っと値段を読み上げながら集計してる姿が印象的でした。お客もお爺さん。)

そして、高円寺に来たもう一つの目的は…。7月にキタコレビルにオープンしたChim↑Pomのお店「KANA-ZANMAI」に行くこと。そして貸しっぱなしのマイヘルメットを奪還すること!です。はじめて来店するキタコレビルはメチャクチャな建物でした。「レディガガ様来店」という話題でテレビで見たときはもっとマトモな感じに見えたが…こんな建物が消防法をかいくぐって使用され続けてるんだから大したもんだ。六畳ぐらいしかないKANA-ZANMAIはバラックみたいな店舗と作品が妙に馴染んでた!水野くんがお店番してて色々と商品の説明をしてくれました。ギャラリーでアート作品として価格が付くのとまた違って、グッズの販売も大変そうですね。…ヘルメットは大切に飾られていて、我が家の暗ぼったい部屋に帰るより、よっぽどキタコレに置かれ、皆に見られてる方がキラキラしてて幸せそう…と思い、一瞬躊躇いましたが家に持ち帰ることに。

この後、総武線に乗ったままもう一足のばしたい場所があったのですが本日はパス。どこかっていうと秋葉原の『星雲堂』です。例のイスラム国の「求人広告」が貼り出されていた古書店です。星雲堂のサイトを見ると「SFモノ中心の古書店」でブックレヴューもSF小説を紹介する真面目な感じの良い文章で、どうしてシリアやウイグルと関係したのか、これだけでは想像ができません。中東系のテナントの多いビルということで「お付き合い」で貼ってしまったのでしょうか?ちょっと野次馬半分で覗いてみたかったのですが、すでに本を8冊購入して重たいし「狂狂」ヘル持参なので、これで星雲堂を張ってる公安や警察に職質されたら星雲堂さんに迷惑をかけてしまうのでヤメた。話題の熱りが冷めたら行ってみたいです。しかし取り扱っている本の品揃えでいえば、「連赤」に取り憑かれた偉大なるノマド古書店「赤いドリル」さんの方がよっぽど怪しい(もちろん良い意味で!)学生運動、過激派、労組、ハンセン氏病、部落、山谷、アングラ、公害 etc。ドリルさんのブログによると最近、仕事用の車を手放したとか。火の車になる車も無く…美術もそうですがイデオロギーが反映されたものを売るのは難しいですね。当方はアンチ組織なので「共闘」という訳にはいきませんが…頑張ろう!

ヘル
暗いお部屋に帰還したマイ・ヘルメット

 

箴言(4)

「箴言シリーズ」も今回で最終回!一部抜粋で紹介しましたが、よく考えたら校門周辺のほかにも、校舎の裏側のフェンスにも飾ってあったかも・・・今度、確かめてきます。(もう既にお腹いっぱいな感じですが…)ズッシリ重みのある言葉の数々!小学生だからといって侮れませんね。

言葉
『言葉の重みを考えて』重量オーバー!!!

軽口を重ねすぎて重量オーバー。一撃必殺の発言で重量オーバー。
どちらも身に覚えがあります…..猛省。誰か「言葉」の適量を教えて!

鍵
この巧みな糸鋸テクニックとデザイン。優秀賞です!

『自分を破る鍵は自分の中にある』これぞ箴言。貫徹力は自らのうちに求めよ!by ゲーテですね。
…こんな地に足の着いた小学生って一体どんな子だろう?

戦続
漲る闘争心!!!熱いこぶし!!!
『昨日までの自分に今日からの自分は勝てないのか?』

闘うべき相手は「昨日までの自分」。過ぎてゆく瞬間、自分の軌跡までも敵である。
これは厳しい!分厚い氷を突き進む砕氷艦のような冷徹な意志を感じる。
昨日も明日も望まない。今日の俺しか信じない!
まるで、ピカビアの瞬間主義スローガンのようです。

「瞬間主義は永続的な運動しか信じない」….『戦い続けよう!』

予防
力みまくった作品の中、最後はこの作品。
気負いゼロの清潔感。ホっとするね!

『風邪よぼうに うがい 手洗い』
風邪にルビをふってくれたり、黄色の字が読みづらいかな?と黒で縁取ったり。
たぶん親切な子なんだと思う。(青いハイネックのノースリーブシャツに裸足…可愛い!)

 

 

箴言(3)

子供達の言葉が力強すぎて、ちかごろ衰弱気味な我が身にこたえます…。
いや!逃げたらいけない。受け止めるんだ!そして・・・

階段
『乗り越えろ』!!!
階段を一段一段 這うように!着実に!登り詰め!乗り越えろ!
乗り越えた先が奈落でもいい。高みに登れ。それが超人への道。ニーチェ先生〜!
(しかし、このがっしりしたパースと白い輪郭線、青赤黒。素晴らしいな)

達成感
「困難」に「一生懸命」と「協力」を注ぐと…あら不思議!
「達成感」が化合され気化するよ。
精神作用を化学的に解釈して図解するとは!最早シュタイナー先生の域に達してます。
困難の化合物が達成感とはね。なるほど!しかも一見、人間のように見える図がニクイ!

協力
さらに『協力』を分析。…三つの力こぶが一つにまとまると「協」の字に!
この繊細でプリミティブな造形を見て、病気平癒系の小絵馬を思い出した。

「抱負」と「願掛け」…願いという共通点において呪術的なのかも。
め
手
以上2点、参考図版です。

イルカ
そして「次のステージへ」つづく…。

箴言(2)

バリエーション豊富!まだまだありま〜す。

友達
真っ黒い板に白い文字。そしてくり抜かれた十字架…
よく田舎の小屋とかに掲げられてる某宗教団体の看板を彷彿とさせます。
『Do you have friends?』の問掛けに戸川純ならこう答えるね。正々堂々と。

Sometime I’m no friend.
Everytime I have no friend!

悔い改めるな。迷える子羊のただ一匹となるなかれ!

好きな事
大きな小鳥が友達でもいいじゃないか。
好きな事をすればいいじゃないか。

漫画家
将来の自分が昭和の漫画家っぽくてもいいじゃないか。
…そう、好きな事を稼業にするには努力が必要です!
(この漫画が気になる〜。何か参考にしたのかな?)

真剣
ゲーテ翁のような真っ当なお言葉。『一日一日を真剣に生きよう』
「自由も生活も、これを勝ち取ろうとする者は一日一日を闘い取らねばならぬ」by ゲーテ

わたしは今日一日、何をしたかなぁ?あ、何もしてないやー。何もしなくてもいいじゃないか。
…ダメです!悔い改めるか?

箴言(1)

タダで本が借り放題!読み放題!のマイ書庫こと世田谷中央図書館の少し先きに、区立松丘小学校があります。この小学校のフェンスには、たぶん6年生の卒業制作なのでしょうか?(一年ごとに更新されてるような…)学童自作の絵馬のような作品が多数ぶら下がっています。いつもブラブラ歩きながら眺めてるのですが、今年の作品は秀逸です!「箴言集」といっても過言ではないでしょう。これは!…例年は大概「友達を大切にしよう」とか「未来に向かってがんばろう」といったポジティブ路線に偏ってる(小学生だから、まあ当然)のですが、今年は一癖ある作品が充実していて、ファーっと通り過ぎることが出来ない、つい立ち止まって考えさせられるような作品が多いのです。
先生の指導がいいのか、生徒達の意識が高いのか?かなり「自我」の露出を感じさせます。…数年前に母校(つっても、ちゃんと通学したのは2年間ぐらい)の小学校の学芸発表会の図画工作の展示を観て、ビックリ&落胆した覚えがあります。先生の手抜き指導で、描き方、色の塗り方、構図がほとんど統一され個体差ゼロ。今時は他の学科に重点が置かれて、図画なんて二の次、三の次で形式的に教えるしかないのかな〜と。
でも、こんな自我の萌芽を感じさせる「個」重視な校風の小学校だったら、実力発揮できる子供が育ちそうだ!作品点数が生徒に人数の割に少ない所を見ると、もしかしたら優秀作品が選ばれてフェンスに吊るされてるかもしれません。だとしたら、このチョイスをした先生がエライな。その中でも、私が個人的に選抜したいくつかを紹介します!

その他
糸ノコで切ったタテ15㎝、ヨコ20㎝ぐらいの木の板に、ペンキのような顔料で絵と言葉が書いてあります。針金でフェンスに吊り下げられてます。
この一角の作風は「素朴」。飛び出し坊や風の『全力に悔いなし』。思考より先きに行動が…勢い余って飛び出した瞬間を捉えてる。好感が持てます!

良心
『良心』!!!…うっかりポイ捨てしてしまうところでした!…ここに描かれてるのは良心的行為なのでしょうか?

「あれ?お爺さん!私と同じツナギを着てますね。」
「おや、本当におそろいじゃのう…。どこで買ったのかい?」
「シマムラです。」「ワシもシマムラじゃよ。」
「え〜っそうなんですか?奇遇ですね!じゃあ記念にリンゴをあげます!」

道路
「人生は道路のようなものだ…」道路のような人生!
交通ルールの守れないヤツに轢かれたりハネられたり。それも人生。
己の道徳(ルール)を守って死ねれば、それも本望。

選手
なれるよ!きっと。ブラジルで…。