月別アーカイブ: 2015年3月

星の秘密

ふすまにプリントされている和風の菊柄が野暮ったく、どうしても消したい衝動にかられ「そうだペンキで塗り潰してしまおう!」とペンキを買いにホームセンターまで行きました。世田谷区内にあるホームセンターを検索したところ、経堂に「ビーバートザン」という名前の店があるということがわかりました。「ビバート・ザンかぁ。なんかカッコいい店名だな」と家を立ちテクテク40分ほど歩いた小田急線の高架下に、かの店『ビーバー・トザン』はありました。…ああ、そっちね!
「ライトベージュ」と表記された屋内用ペンキは限りなくオフ白に近いアイボリーでしたが、難なく図柄を塗り込めてやることに成功!(目を凝らすと浮かび上がる野菊の亡霊)シャビー感溢れる空間に塗ったばかりのふすまだけが白過ぎますが、姫路城もあんだけ白いのだから良しとしよう。

今回の散歩ですごい発見がありました。本当に収穫です!ウチから一番近い戦争遺跡「陸軍衛生材料本厰」という陸軍施設の跡が上用賀にあります。この施設が置かれた1934年当時のものと思われるモルタルの塀などが残っていてなかなか良い感じなのです。経堂に向かう道すがら、通りかかった時、見たことのない近代建築が目に飛び込んできました。旧敷地内に建てられた民家の一軒が取り壊されて自衛隊駐屯地の一部が丸見え状態になり、その「研究棟」とおぼしき建築が通りに出現したわけです。「衛生材料厰」の跡地は戦後GHQから返還された後、国立衛生試験場となり今は国立医薬品食品総合研究所と名称を変えて使用され、同じ敷地に隣接する形で陸上自衛隊用賀駐屯地と駒沢大学付属高校があります。この謎の研究棟は駐屯地の南側の敷地内に建っていました。
戦時中ここでは、包帯や絆創膏といった衛生用品から医薬品、そして「星秘膏」という性病予防の軟膏まで製造し戦地に供給してたのです。(外地でそうゆう行為をするのが当たり前だったんですね)ヤフオクで「衛生材料本厰」で検索すると、結構イロイロと陸軍の☆印のモノが出品されてますよ。…ていうことは、あのいかがわしい「星秘膏」もこの研究棟で研究開発されたのかな〜?と空想はひろがります。
今の今まで、この敷地内に何か「戦跡」あるのではないかしら?と周囲を嗅ぎ回っていたのに、何一つ発見出来なかったのは、高い塀と民家に遮蔽されてたからです。世田谷区史跡マップにも勿論のってません。もっと公開してもいいはずだけど、我が国は太平洋戦争の歴史の学習には後ろ向きなので、戦跡物件は故意に放置して知らない間に取り壊しというのが基本的な姿勢(消極的隠蔽)でしょうね。見たいものが存在も知れずになくなるなんて悔しい!歴史的価値の検証なんて後回しでいいから、まず見せてほしいものです。

塀
長い塀は「陸軍衛生材料本厰」時代の遺物。
凹凸が城塞みたいで格好いいので大変気に入ってます。
戦後のドサクサでこの塀を利用した民家が3軒ほど並ぶ…羨ましいぜ!!

2015-03-21 14.13.39
ここから「我が軍」の敷地内で〜す!
版画のできる女スパイは、こんな杭ひとつにビビってはいけない!
フェンスに手を突っ込んでさっそく撮影開始〜

研究棟
今でも現役なのか?沢山のダクトや室外機。これは研究棟に間違いない!
研究用の花壇もなんだか怪しい。ここで戦時中どんな研究がされていたのだろう?

なにかブツ(☆印の薬瓶とか)が落ちてないかと目を皿の様にして探したけど
泥だらけの五円玉を一枚拾っただけ・・・。ご縁がありますように♡

2015-03-21 14.16.59
おお!な〜んと「防火水槽」があるー!!!!!しかも五つ
こんなに小さかったんだ…この少量の水で焼夷弾の火を消せとは愚かだ。

居間
本当はライトベージュに変わるはずだった白い襖。(白黒にすると良さげに見える)
「パーティでチャラっとしてるサチコさんと家の中のギャップが酷過ぎる!」
と恐怖に陥れてた人外魔境(居間)の改善にむけて奮闘中で〜ス。
(当初設定してた「セセッション×民藝」の野望は早くも瓦解)
お手製の暖簾は意識的構成主義集団マヴォの一員であり、NNK=日本ニヒリスト協会会員でもある岡田龍夫氏のリノカット作品を元に作りました。

ブービートラップ

「なぜ、こんな所に埋めたんだろう?」と疑問に思いながら、あえて深く推測せずに放置していた裏庭の壺。その壺は、隣人の首がちょうど覗く高さのブロック塀の土台付近、常に雨水が溜まった状態になるように、地面から口をポッカリ空けた形で埋められていたのです。そこから1mほどの離れた場所にはポリバケツも同じように埋めてあります。(こちらはヒビが入り水は溜まらない)
どうして推測しないようにしてたかというと、ズバリ「怖い」からです!このボウフラ増殖装置をココに埋めた真の意味を察したくなかったから…。女主人が遺していった隣人に対する「憎悪」に触れたくなかったのです。この壺で大量発生した蚊は、飾りの穴空きブロック(その下にわざわざ埋めてある)の穴を通って、隣家に侵入し仇である老主婦を襲撃します。確かに隣の家にはスゴイ蚊が飛んでた!これはまさに「生物兵器」といえましょう。
小さい頃に会った印象では、元家主のお婆さんは頑固そうだけど上品な人でした。そんな大人しい主婦が、コッソリとこの仕掛けで、隣人への憎悪を蚊に託して送り込んでいたのかと思うにつけ、人間の心の奥底にある怨念の恐ろしさと、こんな方法でしか復讐できなかった不憫さを感じ、本当に遣る方ないです。しかし、件の隣人である老女の破綻した(平気て暴言を吐く)人格では、何か意見したり言い返したら速攻垣根を越えて隣人トラブルになりかねない。穏便に暮らし続けるために、反撃したい気持ちをぐっと押し殺して、この兵器を編出したに違いありません。(口答えした私は隣人老婆の監視対象だった。)
先日やっと意を決して、この怨念の詰まった壺を破壊して土をかけて埋めた!もういいだろう。恨みの対象の隣人はもうここに戻って来ないのだし(施設に入所)、それに埋めた本人もあの世でこの行為を恥ずかしく思って後悔しているかもしれない。もし自分だったら恨みは跡形無く抹消してからスッキリ爽やかに死にたいです。
壺を金槌で叩き壊しながら心の中で「もう恨みを忘れて成仏して下さい。」と唱えました。もっと早く壊せば良かったのかもしれないな…。壺破壊以降なぜか歯痛が止まりました。

2015-03-05 16.49.29
この塀の下に「壺」が…。そして植木鉢が60鉢!

2015-03-20 22.45.53
電柱に張ったヒモでスクーターや自転車を転倒させる悪戯と同じ原理を利用した、ナチスドイツの特殊兵器。さすがナチスの科学力!と舌を巻く恐怖のブービートラップ
『ナチ・ドイツの特殊兵器/陸軍篇』小橋良夫著より

やっと会えたね…

そういえば「無形文化遺産」というのは何で「無形」という定義がされているのか、よく知りませんでした。Wikiで調べてみたら「後継者に伝承しないと無くなってしまう文化」が無形文化だそうです。へぇ〜そうなんだ!
先週の土曜日に放送していた「第十五回地域伝統芸能まつり」というEテレの番組で、この無形文化財でもある「祭り」を3時間たっぷり堪能しました。冒頭、高市早苗の媚びたっぷりなスピーチがあったので、国粋ちっくな催しかな?と思いきや、そうでもなかったです。のんびりしたテンポの琉球語コント『京太郎(ちょんだらー)』など観るとその異文化ぶりに「沖縄独立」という言葉すら頭によぎります。他にもバレエリュス「春の祭典」を思わせる『御嶽神楽』や、地上6m(本当は12m!)の櫓の上で肩車した二人の男が扮する獅子が、超絶アクロバットを繰り返す『大脇の梯子獅子』や、幾何学的なステップがミステリアスな『杉沢比山』などなど盛りだくさんのプログラムに日本文化の多様性を感じました。

伝承しなければ絶えてしまう、というのが「無形文化」なら音楽はどうなんだろう?そういう疑問が頭に浮かんだのは、納得がいく「バレエ・メカニック」を求めてCDを買い集めた(といっても3枚)ことからです。近代音楽の悪童、作曲家であり文筆家であり発明家のジョージ・アンタイルの怪作「バレエ・メカニック」は、複数台のピアノ(オリジナルでは8台のピアノと自動ピアノ)と色んな打楽器、電子ベルにサイレン、プロペラ(!)が織りなす騒音シンフォニーです。私が死んだら葬式会場で流して欲しいほど大好きな一曲です(夢見る五月蝿い葬式!)。当然何回でも聞きたいのでCDを購入したのですが、一枚目は不発、二枚目は及第点。同タイトルのレジェの映像作品で流れていた音楽の衝撃と、CDの演奏の印象がどうしようもなく離れてる感じでしょうか。
…そして此の程「やっと会えたね」と辻仁成の口説き文句と同じセリフを吐いてしまいそうになるほど、やっと会えた感満たされるCDにやっと会えました!実はこのCD、批評で一番良い評価だったのに3000円を惜しんで買いそびれ、その後アマゾンで3万円近い値段で販売されてるのしか見つからず…。それがヤフオクで600円で落札出来たんです!しかも新品。…おお!評判と違わない素晴らしさにやっと会えた!
演奏者(楽団)によって、こんなにも表現に「差」があるということを実感しました。私は音楽通でないので指揮者やオーケストラの知識が無く、もっぱら作曲家だけでCDを選んでいたのですが(ブックオフでわざわざ仕分けてあるコーナーにイラっとするぐらい)、この件で何となく演奏者の重要性がわかりました。楽譜=スコアだけ残っていても、作曲家の制作した当初のコンセプトや背景を解釈する努力がなければ、その曲本来の持ち味を発揮させる事が出来ないんだな〜と。
また、その情報とニュアンスをいかに楽団内で共有できるか、今さら音楽の再現という仕事の凄さに気づきました。「型」を伝承する「無形文化」以上に困難な作業。そこにはスコアを正しく読み、演奏することに加えて、教養と知識、そして感性が必要であるということ。それを実証する「アンサンブル・モデルン」の演奏技術には説得力があります。(彼等はフランク・ザッパのラストアルバム「イエロー・シャーク」の演奏を担当。ほぉ〜そうか!ってザッパもビーフハーツもちゃんと聴いたことは無いのです。)

2015-03-14 14.13.02
なるほど自然の驚異に比べ人間の力(お餅をつく力など!)は無力だ。
その事実を否が応にも突きつけてくる大道具の背景画は、ロマン主義のそれである。
(NHK「第十五回地域伝統芸能まつり」江差餅つき囃子より)

2015-03-16 20.55.56
一枚目:『ピアノ+パーカッション』バイノフ・ピアノアンサンブル演奏
F・ラング教授の生徒達による演奏は生硬くてノロい…。
二枚目:『アメリカン・クラシックス/ジョージ・アンタイル』NAXOS盤
パリでは評判を呼び、カーネギーホールでは不評だった「バレエ・メカニック」の演奏。
これを「アメリカン・クラシック」と括るのには抵抗があるな。
三枚目:『ファイティング・ザ・ウェイブス』アンサンブル・モデルン演奏
拡大解釈しすぎだ、と言われるかもしれないほど挑戦的な演奏。それでイイと思う!

….以上、黒熊選曲家協会会長、DJ 黒太郎氏談。(黄色のベレー帽が氏である)

 

有形か無形か?

尾形亀之助作の寓話「形の無い国」の中で描かれた、輪郭のない国家「無形国」の暗喩するところを自分なりにまだボンヤリと考えています。
無形国とは何なのか?亀之助がこれを書いた頃は、関東大震災からやっと7年経過し「帝都復興祭」が大々的に催され、文化にも政治にも日本が国際的な自信を持っていたモダニズムの時代です。震災前には芸術グループ「マヴォ」に属していた亀之助ですが、アナキズムやプロレタリアに傾倒していくメンバーに嫌気がさしてマヴォから離れたぐらいだから、たぶん組織的な熱気やイデオロギーとかが苦手な消極的個人主義者だったのだと思います。社会的な熱風に巻き込まれるのを良しとせず、超ぐーたらディレッタントとして餓死上等!のシラけた立場から見た騒々しく拡張する世界。それが輪郭を持たない抽象的「無形国」なのではないでしょうか?

昨日、東日本大震災から4年目を迎えましたが、私は亀之助の近代国家像としての無形国とはまた違う意味で、この4年で社会が「無形化」してるような気がします。細胞壁の無い細胞=無形国の中枢を個人に置き換えて考えてみると、核である「私」は「細胞質基質」の支持体を無限に増加させることで居場所をキープし得る。しかし細胞壁を持たない無形の社会で、どれだけ自分を取り巻き支える細胞質基質を維持し増やせば良いのか?疲弊と不安感が伴います。… 3・11の震災であっという間に形ある財産が失われるのを目の当たりにし、これからは人との絆や心の交流が大切だ。という痛切な実感は、万人がSNSを普通に利用する社会を確固たるものにしたけど(当方不参加)フォロワーの数とかで人気を量られたり、無限の繋がりが逆に恐怖なかんじがします。私は小心者なので、そんな一喜一憂に堪えられそうにない。(激しく一方的な自己完結ブログ「窓外」=地下生活者の手記が限界だ!)
人との繋がりという「無形の財産」への偏重は「有形」の価値を下げている!とそこらへんをブラブラ散歩してても思います。商店の店先は出力で簡単に作られたポスターや切り文字で仮設的に飾られて、道行く人の服装も「モテ」や「らしさ」等の好感度を基準にしたハミダさない身だしなみで趣味が無い(故にベージュ色が流行る)。スマホなどの繋がることができる自己表現ツールさえあれば、表面的なデザインでのコミュニケーションなんて無用なのかもしれない。そうなってくるとデザインもトレンドも要らなくなってくるということか〜なんと醜悪で退屈な社会!近代悪は嫌いになってもモダニズムは嫌いにならない、むしろ大好きな私としては退屈で死に至ってしまいそうだ〜。退屈&絶望デス!

「熱情的な時代は嵐のように前進してゆき、引き上げたり、突き落としたり、建てたり、壊したりするのにたいして、反省的で情熱のない時代は逆のことをする。それは窒息させ、妨害し、水平化する。水平化することは、揚棄することをすっかり止めてしまう、静かな、数学的な、抽象的な働きである。」…読みはじめた本から拾ったばっかりのキルケゴール青年の言葉に共感します。水平化する抽象的社会。茫洋と拡張する不安から、独善的な自警団と化し善民を装うトモダチ社会。
「熱情的時代」がモダニズム的だとして批判されても、水平化よりどんだけマシか?水平化する文化は貪欲なアウフヘーベンにも退廃にも至らない。安全な低空飛行が、実は静かな墜落の過程だったと後で気づくこともあるやもしれぬ。(その時は死に至ってるかもね?)
「かたち」で時代を語る事が不必要(不可能)な今が、現代の無形国であるなら、物質大好きの自分としては「意識的有形主義」を意識するしかない。それは決して「ユル」くない実行なのです。

2015-03-12 02.38.56
ユルくない昭和初期の構築的フォルム!!!
磨りガラスの時計は「国民教育新聞社」の記念品(昭和5年頃)
アンチモニーの時計は「登喜和会(ニットの協会)」の記念品(昭和7年)
何故か「鵜飼い」がデザインされてますが、鵜はニュージーランドのキウイ似です。

東京の空の下

さすがに「胃ガン」と聞くと一瞬青ざめます。ガンは医学が進歩した現在においても、死に直結する問題であるし、死を想起せずにやり過ごす事はできません。父のガン告知という一大事に直面して、普段のんきな母がいつも以上にハイテンションだったので「あ〜やっぱ動揺してるのかな?」と思い、「お母さん。風間家は関東大震災で死んだ人も、戦場に行って死んだ人も、東京大空襲で死んだ人も一人もいないんだよ。それだけウチは強運の持ち主なんだから大丈夫だよ!」と非科学的かつ非合理的な理論で励ましたところ、私のチョイスした「強運」という言葉によほど説得力があったのか、「あら本当、そうだったわねぇ。」と落ち着きを取り戻してくれました。最新医療情報を得ることも大切ですが、こういう時には合理的な事実を並べるより、非合理的な理屈が役に立つ。私は神を信じない(小さいカミ様は可)けど運命は信じているのです。
たしかに私の親類縁者は、100年以上前から東京にいても震災と空襲でなくなった人は誰もおらず、同居していた祖父は、太平洋戦争末期にインドネシアのセレベス(現スラウェシ島)の戦線に送り込まれましたが、祖父から聞いた戦場よもやま話は、南方の風土にまつわる話や、どこか間の抜けた面白いエピソード(覚醒剤入りの「航空チョコ」を盗み食いしたら眠れなくなって困った、など)ばかりで、もしかしたら実際は恐ろしい体験をしたかもしれませんが、身内から戦前戦中の「悲惨な体験談」を聞いた覚えがありません。身内の誰かが戦争で亡くなっていれば、もっと感情的に(憎悪をもって)戦争を追憶することが出来るのかな?過去の戦争の目的と成果、そして余りにも愚かな結果。その不均衡さとナンセンスさへの呆れと怒りを禁じ得ないが、さて、その怒りがリアルかどうか質されたらチョット怪しいです。しかし私の憤怒の真偽は怪しくとも、1945年3月10日、米軍のB29機によって焼夷弾が投下されて、約10万人の市民が虐殺されたことは紛れも無い事実です。
下町に密集する木造家屋をいかに効率よく燃やし尽くすか、という点を重視し開発された焼夷弾。アメリカは日本家屋を再現して投下実験までして殺傷能力を向上させた、この非道な爆弾を作っているその時も、日本の国民は「消せば消える焼夷弾」と唱えて防空訓練を重ねていた…。その名残の防火水槽も最近はあまり見かけなくなりましたが、避難よりも消火活動を義務づけられていたことを思うと、本当にやるせないです。過去にこの「民間防空」をテーマにした『大日本防空戦士』という作品を制作したことがありますが、この「民間防空」は、すなわち「防空法」という悪法に基づくもので、「非常時」であるから国民も持場(住居や職場)を死守する戦士にならなければいけない。という無茶な主旨の1937年に制定された法律で、更に40年の新体制に入ると「隣組強化法」によって地域ごとの相互監視が高まり、防空活動の意識も強化されたのです。
1932年(昭和7年)ごろから「非常時」というフレーズが登場し、国は何かにつけ「非常時」を大義にして体制を強固にし、その時代背景には関東軍の数々の謀略によって満州国が建国され、国内では犬飼首相が暗殺されたりと、国内外でテロが起き、日本の国際的立場も怪しくなって軍国主義が加速したということがあります。そしていよいよ連合国との対立が深まった40年には大政翼賛会が結成され、一億総火の玉の「新体制」の自覚を国民に迫るようになります。この新体制のもとに治安維持法、国防保安法、国家総動員法、国民優生法といった名立たる「悪法」が制定されたわけです。
国が「非常時」だからとか「新体制」だから、と言う時はアブナイ!従順で良い子な国民でいるとうっかり煽られ唆され騙され乗せられる!…非常時と新体制、この言葉は安倍晋三が最近生み出した新語『新事態』と似てはいないだろうか?うがった見方をしすぎでしょうか?しかしチョッとばかり疑い深くないと危ない、何だか怪しい「国家」になってきたと思う。
70回目の東京大空襲の日を迎え、敗戦70年目の節目にとなる今年、『総理談話』をどうするか?という実際どうでもいい(どうせ安倍史観の支持者と中国、韓国の反応を配慮した折衷案をヒネリ出すだけで中身が無い)ことだけがニュースになって、じゃあ日中戦争、太平洋戦争って何だったのかという検証は「談話」の話題で煙幕が張られているよう。NHKだって安倍のスタンス次第で戦後70年番組を編成すると公言してはばからないのだから、メディア統制も楽勝ですね!

そもそも70周年だから「戦後」を意識するというのがおかしいと思います。
…話は戻りますが、父が今回受けた治療は「内視鏡治療」で、今問題になってる「腹腔鏡手術」より軽度のガン患者の受ける治療方法です。しかし、内視鏡であれ腹腔鏡であれこの方法が一般患者に施術されるまで「臨床試験」が重ねられたはずです。医療の進歩の陰には無数の「失敗」や「犠牲」がある、というのは暗黙の了解で言わば大前提といっても過言ではないでしょう。医療の進歩という大義名分と共に、医師のキャリアと病院の実績作りが存在していることも、多くの人が薄々勘づいてることでもあるのですが…。群馬大病院の40代医師による医療過誤(もはや過誤ではない)の犠牲者8人は、医師の実績を積み重ねる「数字」の人柱にされてしまった、そんな風にも見えてしまいます。
日本の傀儡国・満州は日本にとって巨大な「試験場」でした。鉱山開発、農畜産、鉄道といった産業面(満州五カ年計画は安倍総理の祖父、岸信介の主導)をはじめ、731部隊の「医療研究」、516部隊の「化学兵器開発」など様々な方面において「試験場」として活用されたのです。人体実験、生体解剖などが行われていたといわれる731部隊でも、医学の発展という名文に薫陶された医師による暴走があったのかもしれません。実験材料として捕えた現地民を「マルタ」と呼び、欲望のまま実験を積み重ね、いずれ本国に戻り、その日本では絶対に得られない実験データーを思う存分に活かす算段だったに違いありません。この戦争犯罪、医療犯罪のデーターが現在の医療に数パーセントでも寄与してるのだろうか?マルタの人柱も数本含まれてるとすれば、今の輝かしい先端医療の礎はやはり戦争の歴史と地続きであることは否めないでしょう。(731、516の貴重な研究データーは米軍に譲渡され、後の冷戦に活かされた。住友金属鉱山が土呂久のヒ素鉱山を買ったのもベトナム戦争で毒ガス需要があると見越したからかな?)
そう考えると、「戦後」と区切りをつけた45年以降の冷戦下でも同盟国アメリカに協力しつづけ、見えない形で「参戦」してたのだから戦後ではない。棄民をしてまでもアメリカに追従するのが安倍ちゃんちのファミリーヒストリーだから、これからもきっとそうだ。
安倍総理が「談話」で何を発表するのかは大した問題ではない。談話の話題に振り回されずに「総括」できるかどうか?それは戦後70年の今年に限ったことでは無く、歴史の総括は、逆にこちらから体制を「監視」するために、自分たちが持ち合わせておかねばならない知識、ですが、どんだけ正しい情報がこの地上に残り続けることでしょう…。以前にクロ現で観た「霞ヶ関の職員が公文書を機械的に廃棄する」たった4台のパソコンを並べただけのオフィスを思い出すと暗澹とした気分になります。(これはガチで『1984』の情報ダストシュートと同じ仕組みです!)厭世的になりたい程、つくづくウンザリする世の中だが風間家の強運(異能者?)を信じて、この東京の空の下で生きて行こう〜っと。

塀の上の夕餉

なんだか最近めっきり遠出せず、家を中心に徒歩で半径600m内で生活してるせいか、ブログの内容も買い物(お取り寄せ。実はヤフオク)や庭の様子など、まったりライフの暮らし系と化してます。これでは読者の皆さんに、当方が常日頃小馬鹿にしている、シャビーな生活様式の意識高めなプチブル君だと誤解を与えてしまいそうです〜。世間が思い描く美術家=清貧を裏切らない清く貧しい節約生活は本物なので、どうかご安心を!(ところで美術出版社が民事再生法の適応を申請したそうな。BT大丈夫かな?でも残念ながらBTとはご縁がない)
暮らしっぽくなったついでに、今日は私のお献立の一部を紹介しようかと思います。つい先日まで父親が一週間ばかり入院していたので、夕飯は私が作り、実家に持って行って母と食べてました。実家は歩いて2分ぐらいなので運んでも冷めません。これがスープの冷めない距離というやつか?胃の手術をして戻って来る父とは食べられないだろう、という気遣いから敢えて辛い料理ばかりを奮って提供したのが裏目に出て、母は胃腸を壊した模様。(…ゴメンなさい)以下その写真。戸締まりをする際に塀に置かれたオカズ達です。

1
塀の上のヤムウンセン
(生揚げの激辛グリーンカレーは搬送済み)

2
雨の中の新ジャガのコチュジャン煮

3
塀の上のツナとキノコのペンネアラビアータ

4
塀の上の牡蠣の麻婆豆腐
…この前拾って来た(かつて靴を乗せていたであろう)お盆が大活躍!

雨水過ぎの目覚め

昨日、降りしきる冷たい雨の中、郵便局に行った帰り道でカエルの一群に遭遇しました。畑の私道だったジャリ道(…補助輪付き自転車をここで走らせてコケて、太腿15センチ、左膝7センチほど切裂く大怪我を負った過去がある。バリケードの鉄条網に引っ掛かった。)をアスファルト舗装した細い公道を横断する17匹のカエル!内2匹は轢死!うわ〜多すぎる。ヤモリとトカゲは良いけどカエルは絶対無理!でも何匹いるのか気になり、一刻も早く立ち去りたいのを堪えてカウント中も長靴の甲に飛び乗ってきそうな勢い。どうしてカエルって道路を横断するのでしょうか?生々しい平面ガエルになるリスクを背負ってまで我が家の方まで遠出して欲しくないものです…。寒い寒いと思っててもカエルは活動再開する季節になったんですね〜もう3月か、早いな。

2015-03-02 16.55.11
写真の防衛陣地は、庭師が手入れしてホヤホヤの風間城の庭。
「相変わらずスゴいですね」とその荒廃ぶりをボヤく職人さんに「あそことここは残して」と注文をつけることが出来ず、結果唯一気に入っていたトクサ群生ゾーンがスポーティな五分刈りに!
ギャフン!そして倒壊した石灯籠もそのまま放置…笠のない姿をトーチカに見立てて楽しむよりほかにないな。

2015-03-02 16.57.07
死んだ家主が残していった大量の植木鉢は15年以上経った今もそのまま。
よく見ると背の高い東洋蘭用の鉢や、平たい盆栽の鉢など趣味っぽい物も散見される。
(植木鉢以外にも超シャビーなガラス水槽やブリキ製ジョウロもあります。)
このコーナーは庭の奥なので、雑草が生い茂り密林状態に戻るとここには来られません。

…なので只今 ☆『期間限定』来訪者全員
「植木鉢プレゼント」実施中で〜す☆

2015-03-02 16.59.28
ちょっと装飾的な工芸風植木鉢もあるよ☆

2015-03-02 17.03.08
モサモサだったヒマラヤスギもスッキリ。
これから咲く予定の蕾が付いてた枝もずいぶん剪定されて、モクレンにはちょっぴり申し訳ない。