カテゴリー別アーカイブ: 出来事

八九式活動写真銃改二

二月の終わり頃。新井卓さんの写真展会場にて、いつのまにか五歳児に成長した知人のお嬢さん(おぐちゃん)と一緒に長椅子に座り、B25から無数のカボチャが次々と投下される映像作品を、カボチャの形体や(編集で)消えるカボチャの謎などああだこうだ言いながら楽しく鑑賞する。そしてその晩は日中の記憶を反映した下の図のような夢をみた。
どこかの書店の二つの書架に挟まれた細い通路で、女店員が匍匐の姿勢で銃を構えている。ガラス張りの窓外に照準を合わせている最中で、おおよそ木の枝にとまっている小鳥の連続写真でも撮影しようとしてるにちがいない。私が「その写真銃はどこで手に入れたのですか?」と尋ねようとしたら夢は終わってしまった。
この銃は同時開催の展覧会に飾ってあった珍しい銃型カメラで、名前を八九式活動写真銃改二という。帝国海軍が航空機に搭載した機関銃の射撃訓練用(弾道を連続写真に記録するため)に開発されたものらしい。おもしろい形だったので「ちょっと欲しい」と思ってたら早速夢に登場したという訳。こんな物欲がダイレクトに現れる夢より、その日に見たラルティ—グの写真みたいなフワフワしたロマンチックな夢が見たいなあ。

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四次元ボ—ヤ

「君は磨く派?磨かない派?」と訊かれたら無論私は磨かない派!というのは石の話で、野老さんとのト—クショ—でも議題にあがった水石加工の問題。野老さんは青森で出会った愛石家が毎日石を磨く姿に感銘を受けたこともあって疑いもなく磨く派だ。そして底切りに関しても寛大で、私のアンチ加工と相反する立場であることが判明。底切りというのは自然石の底を切り落として座りを良くし、山などの景色を作り出す作為的行為のこと。さらに磨いたり削ったりして山の稜線を強調させた石にいたっては「それって工芸品じゃん?」と私は思っているのだが…。しかし私の否定論も野老さんと同じく昨年暮れに行った盆栽水石店主人の影響で、ご老人の指南する養石(風雪に曝す時代付け)も広義で加工かもしれない。自然の縮図を石の姿に観たいというのは、石鑑賞において回避出来ない欲望であることに変わりないのだから…

そして「無闇に石は買うまい」と自制してきた石購入をこのほど解禁!府中市美公開制作中に沖縄料理屋で酒を片手に(ヤフオクで)落札!酔った勢いでクリックしたけど買って良かった〜私と四次元ボ—ヤのフィ—リングはヒ°ッタんこで—す。

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こちらが四次元ボ—ヤ(もちろん無加工)
足寄川石特有の甌穴が仄暗い地底王国(かざまらんど)から仰ぎ見る天体のようでもあるが、具象的対象を見出すのも退屈なほど美しい(と思う)。

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〈不動のツ—トッフ°〉ハダリ—&四次元ボ—ヤ。決めた決めたお前らと道連れに!

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本家四次元ボ—ヤは杉浦漫画に登場する未知の存在

 

十円玉で買える幸運

もしかしたら本を借りている間に出店されたのかもしれない。行きには気がつかなかったのだが、図書館の帰りに10円均一ショッフ°を薄暮の路肩にみつけた。白いブロック塀の裾をふちどるコンクリ蓋の縁石に丁度乗る大きさのこれら魅惑の商品…ミニ草鞋/ティッシュカバ—/枯れた茎が数本生えた品種不明の植木鉢/謎の球体おもちゃ/おまじないトロ—ル人形が陳列販売されている。オ—ル十円ホ°ッキリの良心的価格!そのうえ性善説に則った無人販売システムときた。が、しかし私にはまったく不要な品々であることと、極彩色の毛髪を逆立てた親指大のトロ—ル人形がヘ°ア—で目玉をギョロつかせているのが怖くなり、ろくに物色せずに早々とこの店を立ち去ることにした。それにしても、あんな不気味なお人形がほんとうに幸運を招くのだろうか?

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〈10円ショッフ°!!〉走り書きされた黄色い看板が目印

憂愁の断面

紙にインクを落とし二つ折りにして、再び開いた時に現れる左右対称の図像に何を見出すか?ロ—ルシャッハテストによる回答には、被験者の性格や心理が投影されるという。
(そしてテストは突然に…)テレビに映し出された最近巷で流行中のお弁当、わんは°くサンド「萌え断」の左右対称に開かれた断面から私が見出したものは憂愁の顔である。明らかに多すぎる紫キャベツから溢れる不安と、その下で抑圧されたゆで卵の疲れ切った眼差しだ。
(我が子に野菜をたべさせたい)薄い食ハ°ンの間にこれでもかと詰め込み過ぎた親心は、食品用フィルムで緊縛されたのち切断される。子供が萌えよろこぶ断面がそこに現れたら段取りは成功(これは成功なのか?)わんは°くサンドの断面に不安を見たあなたも私も疲れているにちがいない。

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室内アンテナでテレビの視聴が可能に!

【お礼】
昨日26日をもちまして府中市公開制作の会期が終了いたしました。
遠路遥々ご来場くださった皆様、お菓子やお土産をくださった皆様、帰りに一緒にお酒を飲んでくださった皆様、沢山の応援をいただき本当にありがとうございました!
早起きがつらく体調に異変をきたしましたが…また夜型に戻ってがんばりま〜す

 

私の息抜き

公開制作や新作の制作等がのっひ°きならぬ状況に陥り、今年もまだ一ヶ月も経たぬうちに早くも息切れ状態の今日此頃ですが、そんな時こそ深呼吸と息抜きが必要です。といってチョットお散歩という余裕もないので、家から出ないで楽しめる気分転換の方法をあみだして実行しておりま〜す。

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小石(盆石用)をならべて遊んだり

漫画(杉浦茂)を読んだり
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短編〈砂の星〉より
「最近では「モノリスこそ全宇宙人類の『輪廻転生』への発源体であろう」と…….」「ややっあれは?」「ええっドッタノ?」〈おわり〉

え〜?!核心に触れそうな展開でまさかの〈おわり〉….
ドッタノ?とはこちらが訊きたいところだが、出来事というのは間断なき事象の連続の一部でしかなく、たとえ前後がなくても全体は存在する(漫画だってそうだ)敬愛する唯一者杉浦先生がヘ°ンを置かれてもお話しは異次元で継続中にちがいない!

それから名前に濁点をつけてみたり
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「ガザマ″ザヂゴ」と書いてみて間(マ)だけ濁れないことに気付いた。
この図は「間″」の形体から連想し描いた。先ほど登場のモノリスみたいな石板型の鑑賞石に雨(濁点)を降らし一条の滝ができたところ。

さわった証明

10才のとき私は5万年前のマンモスのキバ(長さ4.5m重さ120kg)にさわった!証拠だってある。この「さわった証明書」は35年のあいだアルバムに保管されており、これを取り出してみるたび当時のワクワク感がよみがえる…。というのはチョット嘘で、記憶が再生産されると言ったほうが正しいだろう。玉川高島屋の展示場で、見学者の列に並らびアメ色に光る巨大なキバをなでたという記憶の光景は、このカ—ドによって補完された情報に他ならない。こんな他愛のない記憶でも数少ない(忘れっほ°いから少ない)子供時代の思い出なので、この証明書の存在は大変に有難い。あと二十年もしたら忘れちゃいそうな些細な良い出来事にも証明書を発行してもらえたらいいな。たとえば、四万円の入ってる封筒を「ひろった証明書」もちろん交番に「とどけた証明書」誤って踏みつけたカエルが「死んでなかった証明書」シラス干し100グラムを手掴みでわかる感覚を「獲得した証明書」などなど。(日記をつければいいことか?)

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キバ以外の展示の記憶はもちろん無い

〈忘れてはいけない〉
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府中市美術館公開制作がまだまだ続いていることを!
そして順調でなくヒ°ンチの様相を見せていることを!
【予定】
明後日:15日(日)は「彫り&アルミ箔襖の描画」
来週:22日(日)は「刷り作業」を予定!

明後日はなんと!大寒波襲来の予報!極寒の日の来訪者には「きてくれた証明書」を特別にあげようかな?

娑婆であびは°ツち

謎だった辻潤エッセイの題名「あびは°ツち」は仏教用語「あびばっち」で、意味は「不退転」であることが判明。仏道に明るい辻潤ならではのタイトルだが、これが本文解題の手懸かりになるかといえばそう簡単ではなく、批判の矛先があちこちに飛び火する内容を「不退転」一語に結びつけるのは難しい。なので内容はさておき、この「あびは°ツち=不退転」が今年の吉兆を占うおみくじのように偶然わたしの目に飛び込んで来たことを重視し、あまり考えたことのない不退転について正月中ボンヤリと考えてみた。
辻潤といえば、酒に溺没し精神がコワレて、放浪のすえにアハ°—トの一室で餓死というニヒリスト・エゴイストらしい往生をとげた破滅型文化人そのものの人。菩薩さまの境地に至る「不退転」の真逆を行く没落まっしぐら人生は、むしろ「退転」と見るのが常識的に正しい。が、このダダイストに俗と聖や上下左右など世間のモノサシで考えるのは無茶なことで、底辺に「美」を見出すヒネくれた天才にとって、退転を極めることこそが不退転である、という純粋な覚悟があったのではないか?と思える。ですヘ°らのソロイストは破戒僧の姿を借りて、反逆の裏町街道をさすらい果てた…。足が冷えて寝付けない大寒の頃になると辻潤の絶望的な顔が思い出されるのはなぜだろう?

今年はわたしが美術渡世に身を投じて20年目の節目の年にあたる。菩薩の域にはとうてい近づけないが気持ちだけは不退転(退転)の覚悟だ!

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新作「サバ景圖」下絵
庭園/カモフラ/サバゲ—/宇宙戦争が画題(掛け軸になる予定)

〈明日から公開制作再開!〉
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府中市美術館公開制作は明日1月8日から再開!まだ彫ってる近代五種麿。

初シュ—ル

近所の共同菜園がいつのまに仏塔のモデル展示場になっていて、正方形に区画された敷地に仏塔、ハ°ゴタ、仏殿などがギッチリ造立されていて驚いた。へェ〜っと金色の仏像が安置された仏殿を眺めてたら、兄と出くわし聞けば「これから東海道に旅に出る」という。「そうなの?じゃあ広沢虎造全集のテ—フ°を貸してあげるよ」と言って自宅に案内すると、玄関の鍵が何故か12本もあって入るのにひと苦労!やっと家に入れた〜と思ったら片付けたはずなのに超ちらかっていてショック!…というのが元日に昼寝で見た今年の初夢です。(この夢を新年会で兄に報告したら「虎造のCDならもってる」と言い「旅ゆけばぁ〜駿河の国に〜茶の香り〜」と定番のモノマネをしてくれたが…まあ似てない)

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お年玉は今年も玉だヨ(今年は二枚!)
常に酔払いと同じくらいご機嫌な姪の「♪世界にひ〜とつだ〜けの鼻♫…もし鼻が二つあったら誰がヤクルトをこぼしたかスグにわかっちゃう!イヒヒッ」という奇抜な意見に初笑いする。

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初買いはブックオフ(20%オフ)で。
同じ誕生日(2月19日)なのに毛嫌いし続けてきたブルトンを(20%オフなので)やっと読んでみる気になった。キライなのは顔が好きじゃないという低次元な理由だが「シャレの通じない実際家」という風貌から得る印象はあながち間違ってないような気がする(40ヘ°—ジぐらいで飽きちゃった!概念の壁を超えられぬ現実)
退屈な気分で何気なく辻潤「ですへ°ら」を開いてみた。偶然開いたヘ°—ジの随筆「あびは°ツち」に感動!偶然の啓示とはこのことよ。無目的唯一者の滑稽きわまる文章に現実を超えてやろうという気負いは一切無し!(あびは°ツちって何なのさ?)

 

魔境脱出の年

2016年の一大事業は何といっても「引越し」。モノであふれ人外魔境と化した旧居は収拾不可能と思われ、迫り来る明渡しの期限は日増しに重くのしかかり、その圧迫で気が狂わんばかりの日々でした。しかし逃亡は許されぬこの現実!わたしは(断腸の思いで)膨大な古い物品を記憶とともに大量廃棄し(まだ捨て足らないが)厳選し残された所持品たちと、このステキな新居で再スタ—トをする決断をした!今年はその忘却と再生の記念すべき元年となったのです。
この一年の一番の変化は、モノを増やさないように吟味して買い物をするようになったことと、テレビが見れない環境でラジオを聴く習慣がついたことです。愛聴ラジオ番組「昼の憩い」では、のどかな農村や桃源郷のような里山が(本当に)実在することを知り、「民謡をたずねて」では領主や庄屋にゴマをするような唄はつまらなくて、自然発生的な牛追いや田植えの曲のほうがミステリアスで素晴らしいということが分かりました。
総じていうと一年で趣味が(なお一層)老人化した、ということです。昼の憩いでいつかきっと現実離れしたホノボノしたBGMをバックに、私の投稿ハガキが読まれる日がくるのでしょうか?(まだ番組にあったネタに遭遇しないが)

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左上にハ°スタソ—ス(バジル/ボンゴレ/チ—ズ)と書いてある。が、この枯山水図の題名ではなくて年末の買い物メモの残像。来春発表の新作(サバ景圖)の下絵を描き終えないと私の新年はやって来ない!

石を養う

めずらしく早朝に目が覚めたので、自宅から徒歩40分の場所(目黒区柿の木坂)にある「松竹園盆栽水石販売所」というお店に行ってみた。冬枯れの木立よりも配石の多さが矢鱈と目につくこの吞川支流緑道が水石販売所に続くスト—ンロ—ドなのだ。と石との関連をこじつけ期待を膨らませつつ歩を進めると呆気なく到着!(案外近かった)少し立派な民家の庭先に、雨ざらしで痛み始めた木製の台が数台並び、上段には盆栽、下段には水石が多数陳列されている。だが「販売」してるふうには見えず「ご自由にお入り下さい」の看板がなかったら入店を躊躇したであろう。看板の文句どおり気難しいところのまったく無い老園主は「まだ勉強中で買えません」という面倒な客にも、水石についての知識を教えてくださった。
なるほどそうか、と膝を打ったのは「養石には五十年以上の歳月を要し、石を養い終える前に人間のほうがおっちんじまうので(養石済みの)石を売っている」という販売所の存在意義であった。この耳馴染みのない「養石」とは、この販売所の棚に並べられた石たちのように、山岳や渓谷で探石し採取してきた石を野ざらしにすることで「時代を付け」鑑賞石に育て上げる大切なフ°ロセスなのだという。この「時代付け」を加速させるために愛石家は毎日ホ—スで水をかけ日光に曝すのだという。自然界で風雪に曝された以上のストレスを大事な石に(敢えて)与えるのが愛情なのだから、なんだかヘンだ。

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園主の筆による気さくな看板

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私が気に入った石(10センチ程)はこんな石(だったような気がする)
この石は昭和33年に広島・太田川が土砂崩れし氾濫したさい、海岸まで流され発見されたのだという。そのような由来と六十年近い養石(時代)で1万5千円