カテゴリー別アーカイブ: 出来事

トリックスター

近代人は既成概念の虜であって、概念(=亡霊)の世界にしか住めない「生まれながらの死産児」だとドストエフスキーは言った。
先週の土曜日、トークの打合せも兼ねて、丸木美術館の離れ(丸木夫妻の画室)で安冨歩さん達と昼食(冷汁うどん!) をいただきながら談笑。開放的な座敷から、まるで草原のような都幾川河川敷を眺望し「あそこに馬400頭を放牧して草を食べさせ、広場ができたら子供の流鏑馬会とポロ大会を開く」と安冨さんは突飛なアイディアを次々と語られたが、これは実現不可能な夢ではなく「突飛」だと思った時点で私たちは「死産児」である。
私は、この高速回転の思考で矢継ぎ早にポンポンと夢を描いていく安冨さんに「生きている子供」を感じた。たとえ概念に殺されても、自発的に手枷足枷を外せたら生き直しはできそうだ。停滞し死に瀕した物語に再び生気吹き込む
トリックスターは誰か?安冨さんには大きな可能性がある!(ぜひ東松山市長に!)

(手打ちうどん万歳)
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冷たいキュウリ入りゴマ風味味噌汁?に太めの手打ちうどん。美味しかったな〜
緊張気味で100%堪能できなかったので、この箸袋に書かれたヒント「東松山工業団地入口前」を頼りにお店を訪ねもう一度食べたい!

初コンタクテ

シュトックハウゼン『コンタクテ』…これは私が生まれて初めて買った「現代音楽」のCDで、購入した場所は現ナディッフの前身である美術書店アール・ヴィヴァンの池袋店だと記憶している。いつ買ったのか?ぼんやりとした過去を遡ってみると、1992年、セゾン美術館「未来派展」会場に於いて開催された、ルイージ・ルッソロ発明のヘンテコ楽器「イントナルモーリ」の騒音音楽演奏会を聴いた帰りに買ったような気がする。「変なCDを買っちゃたなぁ」というのが正直な感想で、CDラックの中で常に待機中の一枚になってしまった。たまに思い出して聴くのだが、コンタクテ1とコンタクテ2の2曲しか収録されてないのに、この2曲の境界を確認できたことが一度もない。(音楽に集中できてない証拠だ)

(声に出して呼びたい)
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「コンタクテ!」

(安冨さんと初コンタクテ)
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トーク会では質問コーナーの代わりに即興音楽の演奏を行いました。私も地味に参加しています…

予告☆ 6/26 於: 丸木美術館
《ディスリンピック開会式〜皇紀2680年祝典音楽祭》
音楽家・片岡祐介さん&安冨歩さん作曲によるディスリンピック奉祝典礼曲の演奏(すご〜い!)詳細はまた後ほど!

時の忘れ物

今日のトークショーでは、大変暑い中多くの皆さんにお集まりいただき心より感謝申し上げます!安冨さんのキレの良さとスピードに圧倒されましたが、その緊張感がスリリングで楽しいおしゃべり会でした。(もしかしたら)また丸木美術館で秘密イベント(音楽会)を安冨さんとやる(かもしれない)ので、決定したらコッソリ教えます。

〈続報〉先日かざまランドに来てくれた旧友から、24年前に私があげた紙片の画像が届いた。そこにはギターと電子音楽機材とFザッパのような人物が描かれているが、当時ザッパを聴いた記憶はない(この男は誰) 。友人曰くこれは私が美術学園から西荻の(自称)アンティークショップへバイトに出かける前に、彼女の作業机に置いていった手紙だという。これ以外の紙片に「高い位置にあるポッケに手を入れて歩く男」の絵もあるという。私は友人に何を伝えたかったのだろう?その真意と男の正体は今も不明のままである。

〈誰だろう〉
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未知なる電子音楽への憧憬?

イエローシャーク

昨日兵庫県から遊びに来てくれた旧友は、非合理なことを否定しない(稀有な)存在なので、思い切ってかざまランドで起きた超常現象について意見を聞いてみた。
それは部屋の壁際に飾った小さいサメの歯がこっちを向いた不思議事件で、左向きに置いてあった歯が、半月ぐらいの時間をかけてじわじわと右向きに移動!振動で動いたにしては不可解な点が多く…もしや念力による遠隔操作?ちょうど私の着座する方向に向き直ったので何だか薄気味悪い。市松人形の髪が伸びたとか、首が動いたなどの事例は聞いたことがあるが、サメの歯が勝手に動くとは!?
ことのあらましを「そうか〜」と静かに聞いてくれた友と検証し、一つの説が浮上「右隣の黄鉄鉱がとても綺麗なのでそっちを見ようと移動した」…要するに、左隣の緑水晶に見飽きて右を向いた、という訳で私の方を見てくれたのではない。そうだとするとちょっと寂しい。

「理由を教えて」
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(初めて買った)F.ザッパ「イエローシャーク」を友人と聴こうと思ったのに、家にCDが届いたのは友人が帰った直後だった。このアルバムタイトルはザッパ自室のサメ置物に由来するという。

【告知!!】
今週末6/9(土)午後2:15〜丸木美術館にてトークイベントがあります
初めてお会いする安冨さんとどんなお話ができるかドキドキです!ぜひともご観覧ください。
詳細以下http://www.aya.or.jp/~marukimsn/

キャッチANDリリース

武蔵野美術学園時代に流行っていた遊びは、登校経路に何箇所かあるゴミ集積所から「これは!」と思えるゴミを拾ってきて、教室の作業机にデコレーションする遊びで、拾ったお宝はしばらく鑑賞したのち、また元のゴミ集積所に返す(捨てる)ゴミのキャッチ&リリースです。もちろんこの遊びをしてるのは私一人なので、クラスメイトの皆さんにとって目障り&邪魔ということで、時折先生に注意されましたが、もの珍しさから他の教室から見学者が来ることもたまにありました。

(これはまだ初期の頃)
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左下の火焔型土器の紙片には『コズミック・ダイナミックAND丁寧…』と書かれている。
「大胆に宇宙的であれ、しかも丁寧に!」この芸術への戒めは永続的スローガンである。

(流転のラジカセ)
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ノイズ専用(壊れてる)かっこいい銀色のラジカセやテレビのアンテナ、陶器製ソケットと電球などのオブジェが学園生活に潤いを与えてくれた。(級友には迷惑をかけた)

水禽とわたし

本日の思い出フォトは23年前の写真で、母校・武蔵野美術学園の本体である武蔵野美術大学に初めて行ったときの一枚。この日は浮世絵の摺師による実演を見学する授業があり、大学講師も兼任なさってた、今は亡き恩師・塙太久馬先生のお招きで、我等木版画クラス一行は吉祥寺からはるばる鷹の台まで遠足。授業終了後、大学の広大さにビックリしながらウロウロ見物してると、かわいいアヒル君に遭遇!その友好ムード満点の場面を記録した写真がコレ。
水鳥好きの私の方からアヒル君に声をかけると、ちょっと離れた水面からスイ〜っと近寄ってくれた!が、しかし友好的態度はここまで…。突如、なぜか私の革靴に対し敵意をむき出しにし、首をクイっと捻らせ、硬いクチバシで革靴をカカカカカと連打する猛攻撃!!余所者(学園生)が気に入らないのか、オシャレ革靴に立腹したのか知らないが、歓迎の挨拶にしては手荒すぎやしないか?きっとムサ美学生も強気なアヒル同様、広々とした大学構内で、自由にそして時には粗暴にキャンパスライフをエンジョイしていたことだろう。それに比べ、狭い校舎の我が学園生徒の多くは、温順しく控えめな手合いで(私のように)不遜な態度の学生は少数派だった。

〈ふれあいの水辺〉
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この時すでに彼の照準は革靴に定められていたのだ!

〈麺紀行〉戦車とベビーカー

訪れた土地に、戦争遺跡・自衛隊施設・立食いそば又はうどん屋の三点が揃っていれば申し分なく地方散歩は楽しい。私が13年前に散歩した茨城県土浦市は、陸自土浦駐屯地/武器学校・予科練跡・変な立食い蕎麦屋と三つの条件をクリアした素晴らしい町だった。

その当時の紙焼き写真(フィルムカメラだった)を並べ眺めていると、13年経った今、これらの物件がどうなっているか気になり検索をしてみた。武器学校敷地内に多数展示されていた新旧の米軍/帝国陸軍/陸自戦車及び火器は、私が見た時は全てがパンツァーグラウ(灰色)に塗装され、ぱっと見どれもドイツ車輌のような不思議な光景だったが、現在は三式、八九式中戦車のみ特別整備され塗装も現役当時の色に塗り替えられたらしい。そして、一番気になってた汚くてマズい立食い蕎麦屋は「さすがにもう存在してないだろう」と思っていたら、なんと蕎麦屋の母体(小宴会処)の改築に伴い、リニューアルオープンしていた!パチンコ屋の景品交換所みたいなつくりで、暗く油臭いのがとても印象的な店だったのだが、今度は駐車場の管理小屋みたいなお店に変身!あの忘れられない思い出の味もリニューアルされた(はず)だろう。

十年一昔と言うが、あれから13年。時節は変わり、昔の面影は一掃されたように見えるが、案外本質は変わらず、存在自体は同じままなのだと思う。(お蕎麦は美味しくなっていて欲しい)

(思い出の味)
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黒い汁とふやけた麺が印象深いタヌキそば¥270

(自走砲とわたし)
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あまり興味のない自走砲と記念撮影したのは、この側を通りかかった女性自衛官にシャッターを押してもらったから(他の戦車の前が良いとは言えず…)

(うらやましい情景)
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ベビーカーに乗ってお祖父ちゃんと記念撮影していたこの赤ちゃんも、今頃は中高生に成長しているだろう。八九式中戦車とともに写った自分の赤ちゃん時代の貴重な場面が、まさか(こっそり撮影され)赤の他人の思い出フォトになっているとはゆめゆめ思うまい!

〈麺紀行〉ムショと長シャリ

「日中は夏日」の予報で、本日予定していた高崎の旧陸軍火薬工場と古墳見学は中止し、前橋のみ散歩することにして、手打ちうどん→朔太郎記念館→文学館→アーツ前橋の順で移動することに。両毛線新前橋駅に着くと群馬特有の熱風が吹いていてかなり暑い!群馬の森計画を縮小して正解だった。専門学校は多いが人影のない大通りを抜け徒歩20分、小相木にある屋号の無いお店、ズバリ『うどん屋』に到着。昭和の食堂風の店内は昼前だというのにほぼ満席で、客の多くは常連と見受けられる。黒装束でいかにも余所者の私は、隣席の客が白い皿に盛られた「もりうどん」にオプション天ぷらを添えて食べている様子をマネて「もりうどん」と「ゲソ天」を注文。手打ちの乱切りうどんは、いろんな太さや形状が混在し歯ざわりのバリエーションが一皿で堪能できる。そして「ゲソ天」がうまい!ゲソの概念を覆す肉付きの良い発達した脚!普段よく食す白い棒状イカより俄然うまい。これで440円安い!

感動の余韻を残しつつ高速回転のうどん屋を出ると利根川はすぐそこだ。朔太郎が憂愁をうたった利根川は、想像以上に大河でコワい感じがした。時折畝りを立てる翡翠色の川面を恐る恐る覗きながら大橋を渡ると、レンガ造りの城壁のようなものが眼前に現れた。「刑務所の敷地です」の看板で、この美しい壁が実はムショの塀であることを知った。刑務所では麺類のことを「長シャリ」と隠語で呼ぶときくが、前橋刑務所で出される長シャリは、やはり上州うどん…なのだろうか?

(人間の見えない町)
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小相木ではブロック塀もネクタイをする

(打ちたて茹でたて)
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濃いめのつゆが合う。もりうどん370円 ゲソ天70円

(地獄の番人)
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城塞の佇まいに相応しく巡らされた堀には、大きな鯉が多数生息している。
人間の気配を察知しワーっと集合するが、エサをくれない人だとわかるとアっという間に去る。(私はグミしか持ってなかった)

魅惑の太麺王国

「なぜ埼玉はもっと太麺アピールをしないのか?」先週金曜日に、先輩の運転する車で友人たちと丸木美術館を再訪し、その帰りに立寄った吉見町の道の駅の冷蔵ケース内に、スパゲティとうどんの中間的存在の焼きソバや、それよりも太くて平たい焼きソバ、ペタンコの太うどんやペラペラのうどんを発見。初めて目にする魅惑的な麺類に心を奪われました!購入したい衝動にかられつつ、暑さで痛んでしまいそうなので断念。今思うと、保冷剤を何個も買って持ち帰ればよかったなぁと大後悔です。都内には埼玉県の物産店は無く、やはり地元食料品店でしか扱ってなさそう…。地元高校生原案のゆるキャラ・コバトンのように地味で控えめな埼玉ですが、太麺平麺文化の強豪として全国区に(太麺平麺販売)進出してほしいです。

〈米国資本の進出〉
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「丸木美術館とその周辺には自販機すら無いよ」と吹聴してたのに…目を疑うような光景が!なんと5月1日からペプシ社飲料自販機が設置されたのだという。
登山者のようにペットボトルのお茶をちょびっとずつ大切に飲んでいた(地獄の)展示作業のあの日。そう先月27日には存在してなかったのだ!

〈ネギはうまい〉
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緑色の特産品に満足はしているが、太麺への未練はつのるばかり!

影をなくした男

一昨日、日差しの眩しい昼下がりの街頭で、「うわ〜大変!大変だ〜影が…影がない!」と叫声を発し、自転車で右往左往しながら狼狽するお爺さんを見かけた。もしも本当に影を失くしたのなら、ご老人はすでにこの世のものではない (あの世の住人には影がないという)か、もしくは悪魔のような存在に影を売り払ってしまったか、そのいずれかだと思われる。

読んだことはないけど、あらすじは知っている小説『ペーター・シュメールの不思議な物語』は、自分の影とお金が湧き出る袋とを交換してしまった男が、影のない不都合から人生を狂わせ、悲観にくれて不思議な袋を廃棄し放浪してたら、今度は千里でも万里でも飛ぶように歩ける不思議な靴を入手、そのおかげで自然科学者になって成功した。…といった変に都合のいいお話で、この物語にどんな教訓や寓意が込められているのかは不明。たんに作者シャミッソーが自身の職業(自然科学者)を自慢したいだけのような感じもする。

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ドイツ表現主義のシャープな影法師
E.L.キルヒナー画「ペーター.シュメールの不思議な物語」