月別アーカイブ: 2014年1月

松太郎やーい

無い!無い!無い〜!!! 正力松太郎の銅像が消えた…。昨日、原稿を納めにピカピカの読売新聞本社にはじめて行ったのですが、いつもロビーでデカイ新聞広げてた松太郎が居ません。
文化部の担当さんに行方を訊いたら12階に移動したとのこと。イメージアップの為に人目につかぬ場所に左遷されたもよう。こんなことなら写真撮っておけば良かった…後悔。居たらいたでムカつく松太郎。居ないと淋しい松太郎。松太郎やーい。
社内を見学させてもらいました。ドラマに出てくる「自由にアイディア飛び交っちゃうぞ」風なワンフロア開放型に様変わりしてました。帰り際に「恥ずかしい駅伝のブロンズ像を見てってよ。ダリコ以下だから(笑)」と勧められアノ像の実物と対面。こ、これは…恥ずかしい。随分と世間では不評を買ってるようですが、これはこれで「こんなモノ出来ちゃいましたテヘッ☆」と開き直って皆様に楽しんでもらうしかないよね。同制作者の「野球発祥の地」のモニュメントもいいかんじです。でっかい手にでっかいボール!こんど神保町へ行ったら見てみよう。
無事、原稿を手渡してから市ヶ谷のミヅマへ。会田さんの個展『もう俺には何も期待するな』のオープニングです。今回は長編映像作品『土人@男木島』がメインの展覧会です。土人のイメージは予想外でした…。島崎俊郎のアダモちゃんのような土人ではありません!

「土人」で思い出した。小学三年生の時につけられた私のアダ名「ぜんそくホワイト人」
楽しいクラスのお友達から外人扱い!それでいい!排外上等だぜ !!!!

胡蝶蘭
読売新社屋ロビー。大企業の社長から届いた胡蝶蘭の一部です。
富士
おお!国粋的アイドル!
ロビーに飾られた巨大な日本画。横山大観「霊峰富士」(読売新聞社蔵)
波平
地元の桜新町駅前。永井一郎さん急逝で波平像に供物の山…。

足尾から来た女

先週から2回完結で放送した、NHK土曜ドラマ『足尾から来た女』を見終わった。NHKの告知版によると「史実に基づいたストーリー」と紹介されてるけど、どうだろう….。
ドラマ全体はちょっとした明治時代の活動家ロマン風。それにしても人物描かれなさ過ぎ!第一話の冒頭では福田英子邸に集った、幸徳秋水、大杉栄、堺利彦夫妻、石川三四郎…等が名前のテロップ入りで登場したのにそれっきり。石川三四郎だけが英子の恋人として登場するけど、ちょっぴりエキセントリックな色情男という描かれ方です。満州事変以降も変節しなかった希有なアナキストなのにね〜。たぶん、社会運動家=自由恋愛というゴシップ的な要素の演出なのでしょう…。
谷中村の強制廃村は、田中正造の天皇直訴についで足尾銅山鉱毒事件の重大な出来事なので、もっと苛烈な表現があってもよかった筈ですが、ドラマは「無学な田舎娘が社会運動に触れて成長する。」物語なので、足尾銅山はただの背景にすぎません。深く掘り下げずに雰囲気だけを伝えるのが最近のNHK流。この前の「永遠の0」絡み、おセンチ零戦ドキュメンタリー(?)はどうせNHK経営委員になった百田尚樹の差し金だろう。政府が右と言ったことを左とは言えない籾井会長のNHK、安倍翼賛の公共放送を信頼して視聴するなんてムリ〜。金返せ!!!!
(ドラマ自体はイマイチだったけど、サチ役の尾野真千子さんは良かったです!)

銅山観光
10年前に栃木県の足尾銅山廃墟を見に行きましたー!この坑夫人形の施設と土産物屋は時が止まったような空気でした。わたらせ渓谷鉄道、銅山廃墟と最高のロケーションです。
いつものギリギリタイムスケジュールで、渓谷鉄道の「レストラン清流」で舞茸ごはん定食を食べられず無念…。10年経った今でも心残りなのです!
足尾
その時に制作したトートバッグの生地。足尾の廃墟がプリントされてます。
完成品には田中正造翁や銅山写真の缶バッチを付けて販売しました。正造
顔面から気骨発散!T・S・O リスペクト!!!

おめでとう!

Chim↑Pomエリイちゃんのウェディングパーティーに参加しました!
深夜の歌舞伎町のイベント会場に集合して、翌朝まで出し物を見ながら飲食し続けるというリアルにクルクルパーティーです。明けて全員で新宿の街をデモ行進「ラブ・パレード」で新宿アイランドの『LOVE』を目指します。…新宿ホストの夜鳥たちを間近に見たり、警官に誘導されたりで新鮮でした。
招待状には「動きやすい服装で」と書いてあったので、動きやすい=活動的と拡大解釈をして活動(いや、むしろ過激派)的なファッションにて参加しました。憧れのスローガン入りヘルで気分も盛り上がります!…寝不足から早いうちに酔いが回ってしまい、ザコ寝。しかも悪い酒癖で延々と独唱(古いタイプの酔っぱらい)。歌舞伎町、風林会館の冷たい床にダンボール一枚で寝転がり、網走番外地、東京流れ者、傷だらけの人生、星の流れに、ねりかんブルース、唐獅子牡丹…と得意のアナーキーソングを歌い続け、藤圭子気分の新宿の夜でした。(新宿の女を歌ってない!)

…今回の結婚集会はChim↑Pomの作品として公開するそうです。楽しみです。

2014-01-25 11.31.38
おめでとう!!!

けれども地球は廻ってゐる!

当方、アンチ・プロ(美術)ですが読み出すと結構ハマる雑誌、またまた同じく「文藝戰線」から、書評欄より。
….「私は自らこの本を選んだこと今になって悔いている。この本は決して構成主義の理論ではない。もしこれがヨーロッパに於ける構成主義の理論であったならば、十分に批判することも出来るだろう。然るにこれは何処迄も過去の詩人が書いたものと等しく、何等理論的根底のない感情の表現でしかないのだ。」….後悔までさせる本!それは『けれども地球は廻ってゐる』イリヤ・エレンブルグ 著、八佳利雄 訳です。
ほぼ毎日、大正10年から昭和8年までの書籍をヤフオクで検索しています。だいたい内容は未知なので、タイトルと表紙だけで「これは!」と思った本をジャケ買いしてます。いままでの経験では、昭和2年〜7年が「アタリ」が多いです。戦前の先鋭文化が盛んな時期です。…そのなかでもこの本は「大アタリ」でした!
まず表紙。構成主義の評論という内容と廻る地球のイメージですが…ゆるい。リシツキー名人のようなピリっと感ゼロの構成派です。むしろ、こっちの方がいいかも〜な可愛さ。レモンイエローの絵の具みたいなインキもたまらんです。(イニシャル A.m.d とありますが装幀家でしょうか?)
そして、一番感動したのは「活字」です!詩集「死刑宣告」の神タイポグラフィーが好きすぎるので、大小の活字に無条件に反応してしまいます!…強調したい箇所が急にデカ文字になる。文藝戰線では「文章の遊戯—これは非常に読みにくい」と書かれてます。分かってないな〜。暴力的で元気いっぱいの文章と、自由奔放な活字がなんとも楽しい本ですが、内容は概ね、19世紀ヨーロッパ文化の否定と、インターナショナル構成主義工業製品の賛美に尽きます。いささか幇間的なのでウンザリします。そしてタトリン推し!!!!
「一般の、全時代的の、全人類の藝術、インターナショナル藝術が来るのである。…..ゆっくりやって来るだらう。何故なら仲へ入った死骸共が勇敢に寝ころがって、たとえ一日でもこの避け難き来訪者を止めようとするからである。」「百年の後には藝術は男色モルヒネ中毒と双んで、気狂ひのつまらない氣まぐれにもならう。しかし、今や新しい技術が、仕事日の現實の胸の中にはぢまる。これは、構成主義の勝利である。」「私達は、タトリンのやった『第三インターナショナル記念塔』のプランを見た後に、幻想的な状態におちたのだ。理由なしにおちたのではない、明白に。…皇帝ペテェルブルグの廃墟の上で、子飼の白鬚の予見者は(技巧的な見地から)、明瞭な測量に達したのだ。新しい建築が始まるのである。」….面白いので沢山引用してしまいましたが、
終始このテンションです!!パリのカフェーに唾を吐き、フリルやレースに火を放つ。美術館鑑賞よりも工場見学を推奨、美術家より労働者をリスペクト。労働者と制作したタトリンは偉大!排雪機関車と安全剃刀と昇降機を俺は愛するーーー!!!! な感じです。
戦争を「小商商人の鎮魂祭」と否定しつつも、築堡、機関銃、大砲の壮観を讃えてます。その気持ち分かります!私も戦争全否定ですがトーチカと砲台が大好きです!過去に機械と制服(社名入り菜っ葉服)に憧れて町工場の労働者になったこともあります。工場は働くよりも見学程度が良いという結論に至りましたが…。なのでエレンブルグ氏の異常な愛情は理解できます。
でも、ここまで幇間的に賛美する理由は、このエレンブルグが「フランス帰り」のボヘームなブルジョワジーだったことにあるのでは?邪推してしまいます。ロシア革命後の隆盛極めるロシアに帰国し、「ロシア人」の批評家として、ロシア・アヴァンギャルド乗り遅れ感とヨーロッパかぶれ感を払拭したかったのではないでしょうか。
文藝戰線はこう評します。「これがたとえ立派な理論でないにしても、小ブルジョアの藝術である構成派に対して批判すべきであって、この本を此のまま受け入れたとしたらそれこそ大変なことになる。」「とにかく八佳氏が他の人が訳しそうもない此の変な本を訳されたことは、色々の意味に於いて無駄なことではないだろう。」…文藝戰線もロシア構成主義の建築写真とかバシバシ投入してるのに何故に?ロシア革命を肯定して、構成主義を否定するこの複雑さ…。屈折してるな。
翻訳者、八佳氏の言葉。「起重機の美を理解する人は、この書の見方である。地球は廻ってゐることを即ち時代の進化を認識する人は、この書に萬歳を送るであらうことを僕は信ずる。」翻訳者の作者に対する熱い共感が、このゲキアツ(きのう電車の中で業界くんがゲキアツ連発で失笑)の書を生み出したのですね!文藝戰線に酷評されても、けれども地球は廻ってゐるのである!!!

地球は廻っている
『けれども地球は廻ってゐる』イリヤ・エレンブルグ 著、八佳利雄 訳
昭和2年7月10日初版:原始社
地球/本文
唾を吐きかける者からー「自警」を経てーはらきりへ。
…藝術はあらゆる國に於いて、市民戰の風邪の中に引き蘢ってゐる。便利のため四つのインターナショナルな群れをあげやう。
一、はずれた齒止めをもった盲目の「創造者達」
二、迷える群れ(時として天才的な。)
三、無頼漢達。
四、正直なる労働者達—構成主義者達。
タトリン
とうとう「第三インターナショナル記念塔」が完成したのか?!
と思ったら合成写真だった…。タトリンタワー格好いい〜!

 

枯すゝき

年末にヤフオクで落札した歌の小冊子が、何故か昨日届いた〜!みなさんご覧あれ!!!!
枯すすきの野原を彷徨うリストバンドの貴婦人…。(憂いた美貌であったハズ。ですが髭追加。)….一昨日を持ってプチ回顧展「プチブル」は終了しました。会期中は沢山の方にご高覧頂き、心より感謝いたします。この感謝の気持ちを、この『枯すゝき』に託します!大変ささやかですが、この無防備な笑いをお分けいたします。ありがとうございました!
(落書きした大正時代の誰かさんにも感謝!)

ヒゲ
オ〜レ〜は か〜わら〜の か〜れす〜す〜き〜♪(作詞:野口雨情 作曲:中山晋平)
枯すゝき
死ぬるも生きるもネエお前、水の流れに何変わろう….。諸行無常な歌詞が好きです。愛唱歌!
最新流行歌集『枯すゝき』大正11年発行、金五銭也
歌詞
3番までと新たに書き足した4番で『船頭小唄』の改題で発表されて大ヒット!…この4番以降の歌詞ヒドいな〜。「わたしゃ学校のチイーチャよ、貴女は学校の生徒なの、ドウセ二人は此世では、花の咲かない枯すゝき」急に俗っぽい。チイーチャ(笑)

 

二科とMAVO爆弾

大正12年の二科展では、二科の面子が潰されるようなちょっとした事件がありました。マヴォメンバーの巻き起こした痛快なエピソードです!
事件の発端は、落選を見越して二科に応募した、村山知義を含めたマヴォメンバー数人で「三千の落選作品を代表して」落選作品を手にしたまま、上野の街を楽団つきでパレードする『移動美術展』を開催しようと画策したところから始まります。
この公募出品のなかにイワノフ・スミヤヴィッチこと住谷磐根の作品『工場に於ける愛の日課』があったのですが、当時、外国作家偏重の傾向にあった二科は、まんまと住谷をロシア人作家と間違えて入選させてしまったのです。住谷自ら作品撤回を申し出て、二科事務局の協議によって撤回が認められたという顛末です。作品自体を審査し評価したのなら「いやいや、作品が良かったから入選させただけですよ。」と表明すればいいものを、すごすごと撤回した所をみると本当に名前に「騙された」のでしょうね。本人は前から名乗ってた芸名なので、騙すつもりは毛頭なかったのですが…。二科はとんだ赤っ恥をかいたわけです。
一方の『移動美術展』はどうなったかというと…上野署に喚ばれた村山知義は2時間にもわたる弁明で警察を説得したけど、結局は治警にかかわるからと集会を解散するハメに。残念!
イワノフ・スミヤヴィッチのコメントが読売新聞に掲載されてます。新聞記事になるほどの一大事だったみたいですね。(読売新聞:大正12年8月28日付「アールヴィバン33号」より)
『私の作品は二科会から撤回を申込みました、厳密な鑑査を経てないと思うからです。三千点近くの落選中どれ程立派な作があったかを想像する時、鑑査の八百長さが私の胸を虫ずが走る程愉快にさせます。露国人の名を偽ったのではなく私の通称です。露国人でしたらイワン・スミヤノヴィッチ・コクフスキーとでもしたでしょうが、それは偽名になります、私は偽名を少しも使っていません。露国人と思い込んで入選させたとは二科会は何たる態度でしょう。二科の同人諸君に私の作品がおわかりとは思えない。因習的な二科の価値批判を睡棄し撤回する次第です。』
…スミヤヴィッチかっこいい〜!移動美術展は不発弾におわったけど、意図せず二科自爆です!スミヤヴィッチ
イワノフ・スミヤヴィッチ「工場に於ける愛の日課」1923年
踊り
『踊り』1924年、村山知義のアトリエにて。
住谷磐根(スミヤヴィッチ)高見沢道直(田河水泡)岡田龍夫(NNK=日本ニヒリスト協会)

☆小ブルはさておきプチ回顧展『プチブル』は今日が最終日です!無人島プロダクションにて!☆

ブル院・小ブル二科

『文藝戰線』の評論「二科院展を観る」を要約するとこんな感じです。
「院展、二科ともに国体の一部である帝展、文展に対する反逆から発した展覧会であることは評価する。しかし、現在に至る過程で変質し、ブルジョワジー文化に堕落したことは糾弾に値する。」
「初期院展は、フェノロサ、岡倉天心の理論の具体化であり、堕落した狩野派のオポジションとしての大和絵形式と西洋美学の結合という革命をなした。…今現在は支配的地位にのぼり、内容はなく形式自体の追求に終始し、横山大観、菱田春草らの没線彩画法なるものまで現れた。」
「二科が文展に反旗をひるがえした当時は、安井曾太郎によってセザンヌ等の西洋の新興美術形式を輸入され、彼等の主張と一致し成功した。しかし、小ブルジョワジーの反抗の限界からブルジョワジーに転化し、フランス絵画の模倣も形骸化し悲惨なものになってしまった。」…いつの世も小ブル、プチブルは「まねブル」にしかなれないよね〜。
….戦線張ってるので論調も辛口です。大観、観山、曾太郎、柏亭以降に画壇のスターが現れないのは、ブルジョワの奴隷となり終せて、全体的な質は向上したけど平均化したからなんだそうです。小ブル的な反抗をやめてプロレタリア的な戦線に加わるべきだ!ふ〜ん。….結局のところ、プロレタリア以外は認めねーってこと。
岡本唐貴(白土三平のお父さんね)も評論書いてますが、これは凄まじい個人攻撃。二科展出品作家を四つのカテゴリーに分類して、「追随者」「利巧主義者」「至上主義者」「復古企画者」と罵ってます。…批評は自由ですが…岡本唐貴のプロ美の展覧会図録をみると、美術作品の質としては如何かと思います。所詮プロレタリア主張ありきです。
結論として「プロレタリア美術の任務の第一は漫画やポスターの制作であるが、次に〝一般美術″を学んで対抗することである。」だそうです。…本当は同じ土俵で戦いたいのが本音。思想の宣伝が目的だから、技術や表現がついてこないのが痛いね。(プロ美に関する本は、また紹介します。)

二科院展
二科展に論戦はった諸氏も八代亜紀と工藤静香の絵をみたら、さぞかし落胆するだろう(笑)!
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「あわれむべき破綻」と酷評された山村耕花と石井柏亭。
耕花の役者絵『ジャン・バルジャン』なんだこれ〜!ヤバい。
五姓田
耕花、柏亭と比較され「力を尽くした作品」と称された五姓田芳柳の『西南役大阪臨時病院』
エ〜?どっちも面白い絵なんですけど…。

☆☆プチ回顧展『プチブル』は無人島プロダクションにて開催中です。あと2日間で〜す!☆☆

文藝戰線

先日の記事「美術經濟學」のなかでも、美術展の比較対象として「二科展」と「院展」が取り上げられています。昭和初期の当時は伝統のある院展と、公募という新しいスタイルの二科展が美術展のツートップだったようです。この二つの展示を批評した記事を掲載している雑誌がもう一冊手元にあるので読んでみたいと思います。
昭和2年11月発行の「文藝戰線」復刻版。この「文藝戰線」という雑誌は大正14年から刊行されているプロレタリア機関誌です。私自身はプロレタリアートに共感しないのでガツガツ読む気にはなれないのですが、でも、この雑誌のデザインや文章の勢いあまってる感は結構好きです。
この号では特集が「ソウエート文化の十年間」で、ロシア革命後10年間の文学、演劇、絵画などを総括しています。評論として「二科、院展」「前衛座」が書かれ、メインは露文、戯曲の翻訳、日本のプロレタリア文学などの読み物です。
目を通してみて気になるのは『プロ藝』VS『労藝』の構図です。プロレタリアのセクトの相関なんて全然しりません。「岡本唐貴はプロ美で、プロ藝とは別物なのか〜。」ぐらいの知識です。
調べてみると、昭和2年2月の「無産者新聞」の記事が火種で日本プロレタリア藝術連盟内で内紛が勃発し、分離した一派が労農藝術家連盟を立ち上げ、労藝派が文藝戰線の出版を引き継いだようです。この11月の段階では対立が激化していた訳です。
この文藝戰線上では、プロ藝の中野重治が執拗に糾弾されています。ハタから見てる限りでは怒り心頭の理由はよくわかりませんが(じっくり読めば分かるかも…面倒くさい)『意識化せる胎児病者の哀れなる馬脚よ!』と「?」な言葉で罵倒してます。
プロレタリア組織のややこしさ!全日本無産者藝術連盟(ナップ)、日本プロレタリア美術家同盟(ヤップ)、日本プロレタリア文化連盟(コップ)。ナップでヤップでコップ!(笑)
分離したり合流したり…。なんだか支配階級との闘争以上に、セクト間の抗争に労力を浪費してるように見えるな〜。「本丸」を見失ってる感!です。(次回に続く)

戦線復刻
ドカンと40冊一括購入!(ヤフオクで激安)気分は背取り師 DA・YO・NE!
文藝戦線
復刻版「文藝戰線」昭和2年11月号:文藝戰線社(表紙デザイン、いい感じで〜す!)
レーニン
顔は写真で、体は絵だよ。だ〜れだ?

 

とんでも美術經濟學

先に紹介した雑誌『實業之日本』から、もうひとつ気になる記事「美術經濟學」です。
今回の個展「プチブル」でも、作品を展示をするさいには必ず「作品価格」を付けるのですが、作った当人ですら価格の妥当性というのははっきりしません。これはいつも悩みます。しかし美術作品という「魔力」の対価は「売れる」という結果で、自ずと相場のようなものが決まるような気がします。ここ最近やっと、分かってきました…。
この「美術經濟學」という記事では、そんな美術にまつわるお金の不思議を取材してます。
記事を書いたのは、これっぽちも美術を知らない無教養な記者です。そいつが野次馬根性で美術館をのぞいて、勝手にいろいろ値踏みして皮算用して書いてます。なんだか小馬鹿にした文章なので読んでいてイラっとします。しょせん「オール金儲け」の拝金主義雑誌の記者なのでしょうがないですけどね。….最初に記者さんが目をつけたのは「ハコ」である美術館の値段です。この雑誌が発売された昭和6年の7年程前、大正15年に建てられた『東京府立美術館』現・東京都美術館をまず値踏みしてます。総建築費のうち30万円が借金であることに対し「あの図体からしたら三十萬位何でもないのだが、全然生産能力をもたないのだから、豚が債務で苦しんでいるようなものである。」とコキおろしてます。工場ではないのだから生産能力など期待しないよね?
美術館の運営費、入場料、人件費など。作品一点に要する生産費(原価計算)、作品の運送費用などなど…数字で計算出来そうなもの全て算盤勘定してゆきます。ナンセンス!
「大衆はあおられて、いい気になって芸術鑑賞をやる。ところでこのあおっている、展覧会…興業主そのものはどんな算盤勘定になっているのか?…これはどうせ儲かっている気遣いはない。経済生活の進んだ現代には珍しい現象である。どの位人気のあるものだかはっきりした正体はない。だから入場者だってどの位入るのか分からない。絵の方にしてもいくらの値打ちのものだかわからない。タダでもいいようなものもあれば一枚千円のものもある。それからまた、この生産費がきまりがない、布にワクをつけて絵を書くのだからわかりきったことである筈だが、そこが芸術の神秘で、全然算盤科学では解釈が付かない。」…まあ、記者さんのおっしゃるとおりですな。要するに経済的損得の辻褄が合わなければ、どうにも気が済まない人間には美術の「生産 」は向いてないということです。そこは今も昔も変わらないみたいです。
「金儲け」に憧れる中産階級諸君、プチブル君には摩訶不思議な業界かもねー。

美術経済学
『實業之日本』より。「経済学」とは名ばかりの野次馬記事!
計算
モデル代、材料費など…作品の原価を計算してます。ナンセンス!
東京府美術館
昭和初期の東京府立美術館(現・東京都美術館)

☆リアル・プチブル君にも見てほしい〜!プチ回顧展『プチブル』は19日まで開催です。

ただだよ

一昨日、プチブルトークが開催されました。何度トークを経験しても人前で自分の喋りを披露するのは緊張するものです。2時間という長丁場でしたが、進行&対談役を買ってでてくれた田村氏の素晴らしいフォローもあって和やかに無事終了…。
流れで、今の社会的な状況が「翼賛的」で「新体制」の胎動を感じる。という趣旨のことを話したところ、お客様から「どうして、そのような戦時中の言葉を知ったり、使ったりするようになったのか?」と質問がありました。なぜかというと、勿論、私のリサーチや学習が概ね『古本』によるものだからです!古本ほどリアルにどきつく過去の空気感を感じられるものはありません。当時に使われてた言葉のエグさが色々なことを物語ってます。
その話のなかで、「自身の関心事や、いま読んでほしい本を並べることで、思想的な活動をしている古本屋さんもいます。」と赤いドリルさんを紹介しました。(商売と己の良心の両立という難しい挑戦に共感します)「ドリルさんの今年の推薦図書は松下竜一の『狼煙を見よ』です。」・・・
「お客さん、話についてこれない。」とツッコまれました〜。本当だ!じつは私もまだ松下竜一の本は未読なんです…。ギャフン。ぜひ読みます!
こくばん
プチブル君だよ。あやうく「無入島プロダクショソ」になりそうだったよ。「料」の字も変だよ。
テキスト
テキストもただだよ。

☆『プチブル』展は19日(日曜日)まで開催!! 於:無人島プロダクション