月別アーカイブ: 2015年1月

斧と聖書

老婆を斧で叩き殺すという行為で、自分が「非凡人」であることを証明しようとしたラスコーリニコフ青年。聖書だけを心の支えに、身を販いでまでもドン底家族を養う娼婦ソーニャ。己の導き出した理論に固執した狂信者と、キリストの博愛と同化することで現実の「受難」を受け入れる狂信者。この二人の「狂信者」の奇妙な共感が「愛」まで(エピローグでやっと)昇華し、真の生活者としての自覚までを描いたのがドストエフスキーの長編小説『罪と罰』です。私はこのエピローグの取って着けたような改心に納得がいきませんが!もっと違和感を感じるのが新潮文庫の裏表紙のあらすじです。どうしたらこんな誤読が可能なのか?謎すぎる文章がこれです。

『鋭敏な頭脳をもつ貧しい大学生ラスコーリニコフは、一つの微細な罪悪は百の善行に償われるという理論のもとに、強欲非道な高利貸の老婆を殺害し、その財産を有効に転用しようと企てるが、偶然その場に来合わせたその妹まで殺してしまう。この予期しなかった第二の殺人が、ラスコーリニコフの心に重くのしかかり、彼は罪の意識におびえるみじめな自分を発見しなければならなかった。』….以上。上巻のあらすじより

まったく内容と違うことにビックリ!大学生じゃなくて元大学生だし!「一つの微細な—-」の解説は実際ラスコーリニコフが考えたことではなくて、作品の後半でラスコーリニコフの妹ドゥーネチカに、そのストーカーであるスヴィドリガイロフが、兄の行った犯罪の根拠を洞察し、説明する下りで語られた言葉の抜粋に過ぎません。しかも「例えば」という前置きつきで確信をもった内容ではないのです。殺人に及ぶ程まで肥大した理論は「財産を有効に転用」などという鼠小僧的な発想ではもちろん無く、のちに「善行」に移行する予兆すら見当たりません。「あんな薄汚い婆ぁがトランクに貯め込むよりか、自分の学費にしたほうが有効だろう」ぐらいは考えたものの、この殺人にとっては二義的なことで、第一義は「非凡人性」の確認「血をまたげる人間かどうか?」にあるのです。「第二の殺人が、ラスコーリニコフの心に重くのしかかり」って、殺したリザヴェータを想起する場面はほとんどありません!ただ、想定外の出来事が、自信喪失をさせた大きな原因の一つになったぐらいで「罪の意識におびえる」こともラスコーリニコフには無い。「みじめな自分」とは、理想の完全犯罪を自分は行える、と自信たっぷりに意気込んでいたのに、その実行までえらく逡巡し「下見」に行く服装まで気を配れず、異様にボロくて目立つドイツ帽をかぶってしまったことや、たかが老婆1人の殺害に、意外にもテンパって消耗しきってしまったことを「みじめ」に感じ、この「非凡人」テストに落第してしまったことが「みじめな自分の発見」につながる訳です。
ラスコーリニコフの誤謬はどこにあるのか?「殺人」の正当性の根拠として彼が重ねて来た様々な考察、歴史上の支配者の多くが「血をまたげる者」であるという史的検証、非凡人=天才の存在は稀少で、その他大勢の凡人は種を存続させるための道具にすぎず、特にそのなかに寄生する有害な「シラミ」は非凡人の手で駆除されるべきで、非凡人には殺人の権利があるという理屈。そして完全犯罪は「理性」を保つことでバレることなく実行出来る、という確信。偉大なるニート・ロージャ君がひきこもり生活の中で導き出した理論は、彼の自負する炯眼に基づかれ「科学的」なもので一様の合理性は保たれている。しかし、この熟成し肥大した思考を実行に移す、という重大な決定権を最後の最後で非合理的な「辻占い」に託してしまった所に失敗の原因がある。と私は思う。

ドストエフスキーは科学的な新しい思考として「弁証法」という言葉で、ラスコーリニコフの思考地獄の遍歴を表現しています。このニートの自尊心肥大が「弁証法」のレベルまで到達しているかはさておき…今も尊敬されてる哲学者でも、弁証法の研究のなかで、その出口が見つけることが出来ず、とうとう宗教じみた観念に逃避してしまう人もいるぐらいだから、いかに理論だった思考を続けることが苦痛か、ということです。ロージャ君もテーゼの井戸のフチをぐるぐる回り続けることに疲れ果てて、「殺人」という行為で結論を急いだように思われます。その決心の後押しが、偶然に街で聞いた「あの金貸し婆ぁなんか殺されて当然」という見知らぬ学生達の会話の断片で、今まで一人きりで考えていた問題に「賛同者」がいることがわかり勇気づけられたのです。そして、またしても偶然に「リザヴェータの外出時間」という超一級の情報を耳にし、ゴーサインが出されたという錯覚に陥ります。まさに偶然の来合わせで、決行の決断へと跳躍するのですが、この「辻占い」にも似た「啓示」への信頼は、今まで積み重ねた合理的な理論から一気に、神秘的(非合理的)な結論へと飛躍させてしまうのです。この瞬間的に生じた「矛盾」にラスコーリニコフの誤謬があるのではないでしょうか?(その偶然と運命をギャンブルに賭けて大失敗した、ドストエフスキーの苦い経験が反映されてるのかもしれませんね)

「エピローグなんて無い方がいいのに!」と憤慨必至な、急転直下なラスコーリニコフの愛の目覚めと改心。バイオハザード的パンデミック悪夢を見てイノセント人間=ソーニャの勝利を知る!(笑)にはガッカリさせられますが、たぶんこの箇所が文庫本下巻のあらすじ「人間回復ヒューマニズムの書」の肯定になってるんだろうな。なんだかこのエピローグを読んでると、ラスコーリニコフが罪状を自供した際に「心の闇」を説明するのが面倒くさいので「悔恨の念から自白しました〜。」ペロっとうそぶいたように、ドストエフスキーも「凡人向け」のエピソードを用意したのでは?と邪推してしまいます。それに、頭でっかちの「弁証法」と「生活」=リアル充実どっちを取るか?という二者択一も用意されていて、まあ普通は「生活」を選ぶよね。それ正解。みたいなオチも解せない!きっと新しいイデオロギー(唯物論や功利主義)のアンチとして、宗教的人道を配置したのかもしれないが、結局はイデオロギーだって宗教だって人間のつくりあげた概念の一つに過ぎない。宗教に侵されやすい無垢な人間が勝利する物語「のように思われる」ことが残念です。…もっと沢山感想があるけど、ここらへんにしときます。

(名古屋の斧女子大生と聖書持参のエホバの老婆。斧と聖書に不吉な符号を感じますが、中学時代から持っていたという「斧」へのこだわりと「罪と罰」は関係あるのか?リーダー部という聞き慣れない部活動も謎!支配者への野心?)

2015-01-29 17.33.23
新潮文庫の『罪と罰』
現行の重版も同じ「あらすじ」が採用されています…改訂希望!
(この社会主義風の表紙も違うと思う。以前のブルーシルバーの表紙の方がまだ良い)

2015-01-29 17.32.42
同じく赤い新潮でもこちらは『芸術新潮』2月号
超充実の赤瀬川さん追悼大特集!!
(私のアンケート回答も掲載されてます。)

2015-01-29 19.22.18
斧!の漢字が一際カッコいいタイポグラフィは詩「ラスコーリニコフ」の一部。
萩原恭次郎の詩集『死刑宣告』より

ガンバッテ!

初場所は千秋楽を待たず大横綱白鵬の33回の記録的優勝が決定、さらに一度も土が付くことなく全勝優勝のオマケつき。もうどの大関も横綱を阻む障壁にはなりそうにないですね。恒例の優勝インタヴューも、アナウンサーの質問と噛み合ないぐらい(最近は修正してるが)発言を周到に用意して来てるし…出来過ぎてて憎らしいほど強い!まあ、それはしょうがないとして。
…またデスブログの記録を更新してしまった〜。昨年末のブログで豊真将について「私が応援するとツキが逃げそうなので応援しない」と宣言し、「こうやって書いたら引退しちゃったりして」などと不吉な予感を仄めかしていたのですが、その豊真将がまさかの引退!高倉健さんについて書いた次の日に訃報が発表され、町田樹選手に対する檄文を書いた数時間後の引退発表…。間が悪いのか疫病神の素質があるのか、自分には何の力も備わっていないと思うけど、こう続くと何だか変な気持ちです。
豊真将は本当に素敵なお相撲さんでした。土俵上のドシっとかまえた正攻法な取り組みと清々しい所作が、もう二度と見れなくなるのは残念の一語に尽きます。大学時代から怪我や病気で何度も挫折しそうになりながら、それでも土俵に残り続けた努力と苦悩を思うと「土俵に戻らない」という決断は、どんなに辛かっただろうと涙を禁じ得ません。これからは「竜田川」という名で年寄りに就任するそうなので、ぜひ錣山親方(元・寺尾)のようなカッコいい親方を目指して欲しいです。こんどこそ本気で応援します!33才、まだまだ若いです頑張って下さい!

2015-01-24 20.33.31
「ガンバッテ!」と書かれたサボテン。
カエルやサボテン子株の移植は母のアレンジ。
正月のアイドル画といい、母のセンスには心をザワつかせる何かがある!

裏表紙の罪と罰

一般的に名作とされていている本をほとんど読んでいないので、いつか赤っ恥をかくだろうな〜と恐れているのですが、でもそう思っていてなかなか読めないんです。さっき読み終わったドストエフスキーの『罪と罰』もそういう本のひとつでした。学生時代には年賀状の宛名が「カザマーゾフ君」で届くぐらいドストエフスキー先生の薫陶を受けていた、カザマーゾフ兄いちおしの推薦図書だったような気がするが、私は文庫本(新潮文庫)の厚みに負けた…。なんせ集中力が続かないから上下巻は無理とはなから挫折してしまった訳です。そしてもう一つの原因もある。
今一度挑戦してみようと思ったのは、以前ブログで紹介したジョン・キャロル著『水晶宮からの脱出』を読んで、そこで指摘されている、ドストエフスキーが小説(地下室の手記以降)に込めたとされる社会主義のユートピア、合理主義的決定論、功利主義の科学などに対する懐疑と批判って何だろう?と俄然興味がわいてきたからです。まあ手始めにと『地下室の手記』を読みました。これがまた超傑作!笑えました〜!!終始ハイテンションな憎悪と呪詛の独り語りが最高な第一部と、ボタ雪を見て「ああ、そういえば」で急に始まる第二部のロマンスの回想録も痛くて最高!私の好きな場面は、地下室の人(主人公)が娼婦の娘を相手に「娼婦だからこの程度の話で感動するだろうな」と見下げて、まだ自分も経験したことないのに「結婚と家庭生活の素晴らしさ」を演技たっぷり饒舌に語りあげ、どうだ感激しただろう?と娘の様子をうかがうと、その口から「あなたの話しは書物をよんでいるみたい」とズバリ指摘されて狼狽し焦った挙句、それを挽回しようと今度は「娼婦がたどる悲惨な末路」を大袈裟に語って娘を絶望のドン底に突き落とし号泣させるトホホなくだりです。経験不足の穴を知識で穴埋めしてしまう学習型人間の陥りやすい落とし穴!それをこんな面白い文章で暴き出すとは流石は文豪です。すっかりドストエフスキーが好きになりました。この本を入り口にしたのは我ながら正解でした。
そんなキャッチーな「地下室」からの「罪と罰」は、今までの及び腰が嘘のようにスラスラとあっという間に読破できました!(水晶宮の謎がどこに潜んでいるのか、探りながら前に進むことが出来た)…そして読み終わってみて正直、若い時に読まなくって良かったな〜と思いました。どうしてかというと、もし読んでいたら確実にラスコーリニコフに同調して感化されてた筈だからです。中学生の時だったらなおさらで、今だから中二病と笑えるが、本気で自分のことを「選ばれし民」と思って「天才に共同体は無用」と信じて学校に行かない理由にもしていたから…。私もボードレールやワイルドみたいな高等遊民(心の貴族)になれる!私をコケにする同級生たち(群羊)を黒魔術で抹殺!などなど、馬鹿げた夢想のオンパレードにてイジケた自尊心を保っていた時期にロージャ君=ラスコーリニコフと出会ってたら、そりゃあもう絶対に選民意識増長まちがいなし!そういえばカザマーゾフ(兄)もだいぶロージャ的な傾向があって母をビビらせてたが…しかし、今じゃ一家の主で私よりよっぽどマトモな生活をしてます。よかったね!私はといえば、キャベツを一日三枚ちぎっては食べ、ヤフオクで素敵な椅子を落札できずに落胆してる、とんだ立派な高等遊民ですよ!は、は、は!
…と。前置きがすっごく長くなってしまいましたが、今日何を一番言いたかったかと申しますと、それは新潮文庫の裏表紙のあらすじが「酷い」ということです。私がこの「あらすじ」のせいで本を読む前に「誤読」して読む気が失せたと言っても過言ではありません!ロージャ君の凡人、非凡人論を借りれば、これは凡人向けに解釈(曲解!)された道徳的なオチで納得させる手筈のストーリーですよ。特に下巻の「強烈な人間回復への願望を訴えたヒューマニズムの書」というのには笑わされるじゃありませんか!ヒューマニズムって言葉の一般受けは良かろうが、こんな言葉で総括するのは本当に「罪」だと思います。
…次回はこの「あらすじ」につっこみを入れてやろうかと思っております。(つづく)

2015-01-24 15.04.30
『ロジオン ロマーヌイチ ラスコーリニコフ』
こちらは引き裂く様なレタリングが青春してる大島弓子版「罪と罰」
ロマンチックな青春残酷詩に仕立て上げられてますが、キャラクター設定が原作とかけ離れてるので、読むと混乱します。

2015-01-24 15.11.24
この素敵な眼鏡男子はなんとポルフィーリイ予審判事!
私のイメージではどちらかというと喪黒福造でしたが…。
「青二才特有の思考地獄からの脱却方法は、生活(リア充)で思考するスキを与えないこと」てな感じの一幕であります。

2015-01-24 15.31.58
原作では「やっぱりそうだ!この狂信者!キチガイ女め!」とロージャ君がソーニャに「共感」する名場面。

2015-01-24 15.07.34
極めつけの裏表紙。
この血まみれの十字架を手にした悪魔的美貌の持ち主は誰でしょう?
答えは「スヴィドリガイロフ」!あの変態(ロリコン)ニヒリストです。
この漫画の中では「壁ドン」三回してます。

三又とフィンガーボウル

久しぶりに世田谷ボロ市に行ってきました。何年前かに行った時に、観光バスで乗り付けて来た団体客たちの傍若無人な見物っぷりに辟易して、それ以来足が遠のいてたのですが、最近また骨董を買いたい気分がメラメラと再燃してきたので「これはシャビー&プチブルな京王閣骨董市のリベンジだ!」とばかりに陽子さんを誘って買い物ツアー決行してまいりました。
15日は冷たい雨でほぼ中止状態だったろうから、晴れた今日はそのぶん混むかな?と踏んでたら案外そうでもなく、ボロ市観光ブームも去ったのか団体客の姿の見えませんでした。まあ混雑してることは相変わらずでしたが。私の目当ては、昔の絨毯、部屋に置く植木鉢、印判の皿、あと重くて古い金属っぽいモノ。しかし興味深い品々に出会えど(大正時代のインターホンとか)懐具合に見合った良品は見つからず…。一方、ボロ市ビギナーの陽子さんは入り口付近からいきなり小振りな鏡台(和製ミッドセンチュリー)を即買い、5キロほどあるミツマタの植木も速攻買いと絶好調!買う時の気迫と早さが違う。やはり写真家にはコレだという時の瞬発力が、シャッターを切るスピードのように備わっていると見た。私はといえば結局、ムーブメントを失った枠とバンドだけの「腕時計」を500円でかっただけ。ショボ〜イ。なんか日頃ヤフオクで検索しまくって、古物のヤフオク相場が頭に叩き込まれているせいで、骨董市の商品の値段が高めに感じてしまいます。

それにしても本当にヤフオクは宝埋没率が高いのでやめられない。先日も最高のフィンガーボウルを落手し、その物質感がもう最高にLOVE!!どうやら陽子さんもミツマタLOVEなかんじらしい。大好きな物はたとえ豪奢なものでなくてもツマラナイ気分を慰めてくれる。欲しがりんぼう万歳!なのです。

多肉
ボロ市のもう一つの楽しみは植木市です。
以前は盆栽と庭木の苗や、ウン万円という春蘭、寒蘭など渋〜いラインナップが主流でした。久しぶりに来てみたらインテリア志向の多肉植物のお店が増えてました。ご時世ですね。

万物想
こちらは謎の高額植物コーナー。でっかいショウガみたいなのや、イボイボの集合体にカサカサな鳥の巣を乗せた様なやつ。どれも5千円〜2万円ぐらいします!
右から2番目の鳥の巣植物は「万物想」というミステリアスな名前。
どうやら「チレコドン」という恐竜みたいな名前の植物の一種だそうです。咲いた花ガラや花の枝が落ちずに残り続けて堆積するので、このような姿になるとのこと。ヘンテコな植物っていっぱいあるんだな〜。多肉植物もこうマニアックになると盆栽の域ですね。今日の新発見。

みつまた
風間家の玄関に仮置された陽子さんの戦利品。
ミツマタの三つにしか分かれない枝振りが格好いい。灰色の蕾がビロードのコートのボタンみたいで可愛いので咲かない方が良い。というのが共通の意見。

香蘭社
ボロ市ではなくヤフオクの戦利品。
オールド香蘭社のフィンガーボウルは1920年代ぐらいに製造された工芸品。
アールデコというよりもロシア構成主義のようなデザインがたまりません!

非国民不健康無保険

昨年末までの約2ヶ月間「保険証」を持っていない期間があって、身分証明するのにパスポートを代わりに提示したりと何かと不便だったのですが、しかしそれ以上に「もし今病院に行くことになったら、どんだけ請求されるか分からない」という強迫から「風邪ひとつひけない」という緊張感があり、手洗いうがいマスクといつも以上に衛生管理をし、お陰で健康的に年を越すことが出来ましたー。保険証なんか無い方がかえって健康管理の意識が高まるんじゃない?って思いました。
それに「国民健康保険」という名称。国民、健康、保険。どれもこれも虫が好かない言葉ばかり並んで気に食わないし、こうやって不所持だと医療費いくらかかるか分からない恐怖やら、身分証明できない宙ぶらりん感の強迫で、保険料払ってようやく安心して健康的な国民の義務が果たされるような…。貰えるかどうか心配な国民年金と、加入しないと不安な健康保険。この先「将来」があるという大前提で払わされる訳だが、そんなに計算通りの未来がくるのか?そんな疑心と「どうにでもな〜れ!」という投げ遣り気分で払う気がどんどん失せてきます。国民の義務って重たいですね。(何をいまさら)
不確実性という不安を強迫材料に金を搾り取られるのはもうゴメンだ!この制度から離反したい。てなことで「非国民不健康無保険」に加入することにしました〜〜脳内で。非!不!無!ちょっとニヒト追加しただけでだいぶ義務というハーネスが弛んで脱出できそうな予感。イイかんじです。

ベンサム
テレフォンボックス状ケースの中で人待ち顔のジェレミー・ベンサム先生(ミイラ)
自身が「肖像」となって大学構内で学生を見守り、偉大な功利主義を教授し続けるミイラ先生。
現在の頭部は作り物。リアル干し首も飾ってあったが、学生が盗んで蹴ったり転がしたりして損傷。なので今は別のところで保管…。先生の偉大な教えが生徒に伝わっているのか甚だ疑問です。
。。。明るいミライ設計のことならミイラ先生におまかせだ!!

jc
「水晶宮からの脱出」…この本やっと読み終わった。当方シュティルナーファンなので著者と意気投合する感じで面白く読めました。おとなしい顔とは裏腹にラディカルな本。

シュティルナー vs マルクス、エンゲルス。ニーチェ vsハバーマス…時空を超えた喧嘩に加勢し、非合理主義の立場から援護射撃をするジョン・キャロル先生!しかし共通の敵であり本丸は合理主義の権化ベンサム。
…非合理人間のモデルを「罪と罰」のラスコーリニコフ「悪霊」のスタヴローギン、地下生活者と、ドストエフスキー小説の主人公に見出し、キリスト教的回心を快く思わないキャロル先生ですが、そんな非合理野郎が社会に蔓延したら、合理的で善良な市民が納めた血税は、刑務所と精神病院を増設する費用に注がれることになるだろう!愉快です。

 

おとしだま

あげたお年玉500円が「多すぎる」と姪っ子がグズった理由が、「持ってるお金が千円になったら、お母さんに預けて貯金だからねっ。」と母親から言われていて、せっかくお金を貰っても直ぐに預けなければならないという事情からだと判明しました。そんな子供ならではの事情があったとは…。子供も子供なりに金銭の管理が大変ですね。
かく言う私も、現在貯金を崩して暮らしているので倹約しなければならない身ですが、お金への執着よりもモノへの執着が強く、これは!と眼に留まるとつい所有欲が…。そんな衝動止められず、新年早々ヤフオクで落札してしまった一件が「本棚」です。いままで本棚らしいものがなかったので、古本を買ってもそこらへんに散乱の果て埋没かコンテナに直行。なので本を上手く活用出来てない。「あの資料どこだっけ?」と思っても探すのが面倒なので「まあいっか」の連続で、本は死蔵状態になってゆきます。このままではいけない!と本を収めるハコ探しを始めました、勿論ヤフオクで。いざ探してみると安価なカラーボックスから、高級な書架までいろいろあります。カラーボックスでは無粋だし、ファニチャーってのも家に不釣り合いということで、超シャビーな我家にピッタリの超シャビー=ボロい本棚をゲットしましたー。フロ〜ム尾道の棚は思ってた以上のシャビー感です。作りは日曜大工っぽくグラグラで材木からはヤニが吹いてる。そして変な臭い!尾道から時をかけてやってきた棚君は、ラベンダーの香りではなく残念なアンモニア臭。ロマンティックな骨董なら良かったけど、なんだかホームレスみたいな空気を放つこの本棚が私にゃあ丁度よかろう。今年の買い物初めであり自分へのお年玉は、3200円と安かった(送料のほうが高い)が、棚からボタ餅という程のラッキーな買い物でもなく…ほどほどです。

2015-01-10 01.58.53
丁度良く収まった本棚。こういう楔式の棚は暮らし系のアンティークショップだと結構なお値段。ボロくてもそれが雰囲気という余裕でしょうか?それにしても本が沢山並べられそうだ!
ヘタクソな近代絵画は19才の時に授業で描いた油絵。あらためて眺めてみると、先生が組み立てたモチーフって意味も脈絡も無いところが面白い。風速計とリンゴとか日常では無い取り合わせ。

ちゃんとした人

お正月のテレビ特番など楽しみにしてないので、日曜日の午後、なんとな〜くテレビをつけて観た番組が「NHKアーカイブス」吉永小百合の原爆詩朗読です。
なんか大女優の慈善活動?という偏見で、全く興味がなかったこの活動ですが、吉永小百合がプロデュースした、子供達に原爆詩を朗読させる企画の取材映像を観て「やっぱり凄い」と思いました。何が凄いって吉永小百合がすっごく厳しい!まずはじめに、朗読させる詩を子供に割り振って読ませるのですが、台本にルビがふってない。読むのは小学校の低学年ぐらいの児童なので、作品の題の漢字から読むことが出来ずにモジモジと下を向いて困惑…「なあに?あっ読めないのね。」と小百合。読めないと分かって渡した台本で打ち負かし、子供を支配下に置く小百合。声は穏やかで優しいのに厳しい!いざ詩の朗読となると更に厳しく、意味が理解できて情感がこもるまで徹底指導です。被爆して母とはぐれ衰弱していく子供の詩を担当した男の子には「かあさんって三度目のかあさんが弱いのよ。あなた外でお母さんを探すときは、もっと大きな声で呼ぶでしょう?」「もう僕ではなくなりそうだよ、って難しいわね。僕は死んでしまうということなのよ。」小学2年生ぐらいの子に納得がゆくまで同じところを何度も読ませます。女優魂は年端のいかない子供にも容赦ない。その合間に「原爆」の存在を知らない子供達に、原爆がいかに非情で恐ろしいものか説明するのですが、あまりの恐ろしさに堪えかねて休憩時間に小百合の元に駆け寄って「ねえ、もう原爆はおちないよね?」と泣きそうな顔で尋ねるちっちゃい女の子に「それはね、私達が落とさないよう頑張らなければならないのよ。」と決して「落ちない」などという気休めを口にしない小百合。…こんな徹頭徹尾厳しい指導にも、子供達が音を上げずについてくるのは、やはり吉永小百合の揺るぎない信念(すっごいマジな感じ)を子供が感じ取ったからでしょう。下手に子供の立場に歩み寄らない屹立とした姿勢に感服しました。(…サユリストにはならないけど)

同じ日の夜、同じくNHKの「N響コンサート」を観て、これまた感心する人物を発見しました!演目のショパン「 ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11」のソリストとしてN響オーケストラに招かれたピアニスト、ヤン・リシエツキ君19才です。上演まえのインタヴューで「本当に10代?」という驚きを感じました。事前に入手したアーティスト情報からの質問に対して、彼は必ず「否定」から返答をはじめます。Q1「音楽家になられたのは、ご家族の影響ですか?」A1「いいえ。父母は楽譜も読めず音楽も聴きませんでした。私を通じて音楽に興味をもったほどです。」Q2「ご両親がポーランド人ということで、同じ故郷を持つショパンに特別な思いがあるのでは?」A2「ショパンが国際人だということを忘れてはいけません。ショパンの曲が世界中で親しまれてることと同様、私もモーツァルトやバッハが好きなのです。」Q3「音楽家になる夢はいつから?」A3「いいえ。音楽家になろうと思った事はありません。音楽が私の生活に欠かせない、ということは変わりませんが…」以上がQ&Aの要約ですが、柔和な笑顔で答えるその言葉には一切媚が無く爽やか!これが正しいインタヴューの答え方だな〜と勉強になりました。ともすると、質問者の期待に添った答えをしてしまいそう「同じルーツを持つ偉大な作曲家を誇りに思ってます」とかね。まったくリシエツキ君キミは立派だよ!!
スラっとのびた手足、金色の巻き毛…大島弓子の漫画に登場するホワホワ美少年そのまんまなリシエツキ君の演奏は見事でした。バラ色に紅潮させた頰に汗を光らせ、白い指が鍵盤を叩くたびに、滴り落ちる汗は真っ黒いタキシードの袖に水玉の雫になって踊ります。なんという天才!これはファンが大勢いるだろうな〜?素敵っ!と思ったけど生憎ショパンは聴かないのでCDは買わないだろう…。近代音楽バッドボーイ達の野蛮でかっこいい曲を弾いてくれたらいいのに〜売れないか。とにかく新年早々、ちゃんとした人達を見て身の引き締まる思いがしました。本当かな?

コマQ赤燈
三が日、給水塔に赤燈が灯りました〜。
目出たいね!

2015-01-01 18.31.23
ランク ピカピカけんきゅうせい9786いいね♡
こちらは母(70才)が描いたちょっぴりアノマリィなアイドルHIROKO♡(研究生)

あけましておめでとう。

掃除も中途半端なまま、年賀状も制作途中のまま年が明けてしまいました。そして玄関のお飾りは4年くらい使い回しのものを飾ってます。だから新品が好きな歳神さまに嫌われるのでしょうか?まあいいや、もったいないし。…と例年通りダラリと新年を迎えてしまいましたが、皆様あけましておめでとうございます!本年もご愛読のほど何卒宜しくお願い致しま〜す!!

今年の元日は、初めて姪っ子(6才)にお年玉を現金であげました。妖怪ウォッチのガチャが好きだというので、百円玉5枚をフエキ糊の空き容器(お年玉袋の代用)に入れてあげたのですが、「すぐに千円になっちゃうからヤダ〜」と超ご機嫌ななめです。かわいいフエキ君に対する反応は「黄色はお金が貯まる色だよね」と風水知識を披露。百円玉が多すぎるとグズりながら、でも容器は金運的に良いと…何が正解なのか解らない。もっと喜ぶと思ったのに子供は難しいな〜。
…家族でお節料理と雑煮食べて、もう一度寝直して、昼過ぎに起きてノソノソ散歩という申し分ない平凡な一年のスタート。そして散歩のコースも駒沢給水塔からブックオフと通常通り、今さら神様に何をお願いしてもしょうがないので神社も素通りです。…本が全品20%オフ!の初売りセールは、正月に予定のない人間と貧乏人にとって大変嬉しい企画です。ありがとうブックオフ!文庫本を5冊買って、その中でもマックス・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」はなかなか臭そうだ…今年はもっと読書量を増やして勉強しよう〜っと。

コマQ元日
初詣は給水塔。
正月らしく松を全景に力強い!

章一画1
姪っ子にせがまれて父(75才)が書いたアイドル。
お父さんが描いた絵を見るのは初めてかも?・・・可愛い!