月別アーカイブ: 2021年5月

クリスマス休戦

いつも微笑みを絶やさず、自身の神経を擦り減らしてまで誰にでも優しく接する不思議な友人がいる。あるとき本人の口から「私には性別の意識とか恋愛感情が無くて、他人への関心も薄いので、その欠落を補充するために常に親切を心がけている」と聞いて私は深い感銘を受けた。
人間はもとより他の動物も、愛情は生まれついての本能だと疑わないところがあるが、彼女は生来の超ニュートラルな性質に粘り強く肉付けをし続け、現在の博愛的人格を形成したのだ。もちろんそれは意識的な演技から始まったものかもしれない、しかし長年の自覚と鍛錬により「真心」となって定着し、その人の周りには平和がある。

『Xmas truce』は、不穏な『Ypres fog』を平和的場面に改竄した作品だ。くたびれたドイツ兵とイギリス兵が煙草の火を分け合っている中央の絵は、第一次世界大戦中の1914年冬に奇跡的に発生した「クリスマス休戦」を記録した報道写真が元になっている。この心温まる名場面が国際社会向けの演出(ヤラセ)なのか、今となっては定かではない。だが、憎悪広告でないことは確かだ。(たとえ偽りでも)束の間の寛容さを何度でも繰り返し重ねてゆけば、いつかはこの107年前の光景のような友愛精神が定着するかもしれない。

Xmas truce
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薄っすらと刷った『Ypres fog』に樅の木を描き足して木版画をシールのように貼ってみたヨ。

(謎のハの字座り)
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第一次大戦期のドイツ兵集合写真では、かなりの確率で前列の2~3名がハの字のような横座りしている。男同士で肩を寄せ合う姿はとても微笑ましいが、何か伝統的な意味でもあるのだろうか?

(サンタさん有難う)
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クリスマスの朝、こんな木製Mark.1が枕元に置かれていたら…子供は歓喜の声を上げるだろう!

イープルの霧

複葉戦闘機、重機関銃、潜水艦、巨大戦艦…。産業革命以降はじめて世界的に拡大した戦争、第一次世界大戦は、さながら近代科学兵器の大見本市のようであった。その中でも戦車の誕生は、大量殺戮時代の幕開けを告げるエポックメイキングだったといえよう。

肺の森シリーズ『Ypres fog』で肺のような形に左右対称に解体されたMark.1戦車は、世界初の実用戦車で産業革命のご本家イギリスで開発された。塹壕戦を突破するため、全長10m近くもある巨体にぐるりと履帯を巻いた菱形戦車は、初期型ゆえに欠陥が多く、乗員をもっとも苦しめたのは劣悪な車内環境だ。換気設備が無く極狭の操縦席にはエンジンの熱気、硝煙が充満し、時にはガスマスクが必要だったそうだ。
そして息苦しいタンクの外はさらに地獄!雨あられのように弾が飛び交う砲撃戦、精神を切り刻む塹壕戦、悪魔の所業のような毒ガス戦。ノイエ.ザッハリヒカイトの画家、オットー・ディックスが描いた傷痍軍人たちの悪夢そのもののグロテスクな世界…。逃げ場のない恐怖は、想像しただけで息が詰まりそうになる。(この正気を失わせる戦場でハンスは姿を消した。)

Ypres fog
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1917年、ベルギー西端部イープルの戦いでドイツ軍がマスタードガスを兵器として使用。本格的な化学戦はこれが最初だったという。糜爛性ガス「イペリット」の名前はこれに由来する。

(もう一つのMark.1mark1)mark1
mark1
『黎明のマーク1』(2012年)
福島第一原発1号機に内蔵された米国GE社製の格納容器、その名も[Mark.1]。奇しくも同じ名前の型落ち欠陥タンクは容器の体積が小さく、これが水素ガスが充満し爆発した一因だとされている。(画面下方では戦車Mark.1が土木作業に従事している)

LUNGENWALD

さあ大変! (予想どおり)緊急事態宣言が延長されそう!TCAA展が再開できるのか、ますます不透明に…いや若くは中止となり幻の第6回ディスリンピックになってしまう可能性だってあり得る。
今日も明日も観客の来ない灰色の四角い部屋は閉ざされ、私のZauberbergや肺の森たちはひっそり眠り続ける…。今回は幽閉中で暫く会えない「肺の森シリーズ」について解説しよう。

環境問題を語るとき、森林地帯のことを「地球の肺」と比喩することがある。樹木はCO2を吸収し、生物の生存に必要なO2を大気に放出する「肺」のような働きをしてくれるので森林を伐採したり燃やしたりしたらダメだヨということだ。やりたい放題の人間様が何を今更だが、新型コロナウイルス感染症で今はその人間様自身の肺が一大事!肺炎が重症化するかしないかが生死の境目。森林大火災よりも肺の機能死守が喫緊の死活問題に…。

LUNGENWALD
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「肺の森シリーズ」6点の1作目のタイトル『LUNGENWALD』はドイツ語の肺=Lungenと森=Waldを繋げた造語で、各肺葉をくまなく巡る血管を樹木の細かい枝に、それを護る甲冑のような肋骨と背骨を幹に見立てた絵になっている。枝葉が枯れると光合成や呼吸ができず死んでしまう「地球の肺」同様に人間の肺葉も、血管や肺胞などが炎症でやられると呼吸ができず死んでしまう。

LINDENBAUM
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『LUNGENWALD』と同じ版木を利用した『LINDENBAUM』では、枯れた肺の樹がハート型に転倒し再生とLOVEを象徴してる。これはトーマス・マン『魔の山』のハンスが雪山で見た幻視によって「二元的な
対立より愛」だと(一瞬だけ)開眼したことと、青春の儚さと過去への執着、そして諦めを連想させる作中登場のシューベルト「菩提樹の歌」をイメージした作品で、素朴でロマンチックな図像は、20世紀初頭ドイツの印刷物から引用している。 

たまには人間らしく

昨年夏の日産AA展示作業中に発症したモノモライは、赤味と腫れをうっすら残して治癒したが、数日前にまた、患部を5mmほど右にスライドさせ再発した。いつもの眼科に行き、いつもと同じ手順で診てもらい、ついでに悩みの種のモノモライ痕について相談すると「はぁ、どこですか?全然わかりませんけど」と素気無く返されションボリ…。「自分にはわかるのですが」と軽く反抗してみると「じゃあ塗り薬も出しますね」と気休め程度の処方を施される。私「どうしてこう何回もモノモライになるのでしょうか?」眼医者「風邪に罹りやすい人と同じでモノモライに罹りやすい人がいます」と身も蓋もないQ&Aを最後に診察室を出る。

先生は冷たいし、またモノモライが痕にならないか心配だし、やんなっちゃう!さっさとランドに帰って手作りポプリの匂いでも嗅いで癒されよう〜っと。このポプリは、友人がくれた芳しいバラの花束から、ハラハラと零れ落ちた花弁を拾って乾燥させたものなのだ(たまには人間らしい趣味もよかろう)。完成品はさぞかし良い香りと思うでしょう?(ところがどっこい)とても変な匂いになりました!


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枯草臭に支配されつつあるバラの芳香。そこにトルコ産の薔薇油を垂らしたせいか、なんとも形容しがたい攻撃的な匂いになってしまった!(蓋を開けると咽せる)